9/29(金)に筑波大学データサイエンス・エキスパート・プログラムキックオフシンポジウム「分野融合型データサイエンス・AIトップ人材への期待」を行いました。前半は、まつもとゆきひろ氏(Rubyアソシエーション理事長)から「イノベーションとエキスパート」というタイトルで基調講演をいただきました。また、後半は、遠藤靖典教授(筑波大学)、大場光太郎氏(産業技術総合研究所)、田中大史氏(NTTデータ株式会社)、藤光智香氏(つくば市)、松村崇行氏 (気象庁気象研究所)にご登壇いただき、パネルディスカッション「MDA人材への期待」を行いました。基調講演、パネルディスカッションの概要レポートは以下にまとめましので、ぜひ、ご一読ください。
写真:当日の様子
基調講演「イノベーションとエキスパート」まつもとゆきひろ氏(Ruby開発者)
基調講演は、「イノベーション」とは一般的に「不連続な(技術)革新」として捉えられているが、果たして本当にそうなのか、という問題提起から始まりました。変化への渇望、閉塞感の打破がイノベーションの原義であり、単に新しい技術を作ったからイノベーションではないのではないかという指摘されました。特に、多くの人がイノベーターとみているAppleを例にすると、新しいOSや新しい言語を研究開発していた時代もあったが、それらは社会では浸透せず、iphoneによってAppleがイノベーションを起こしたと社会に認識されている。では、「なぜ、iphoneは革新的だったのか」というと、それは技術が新しかったからではない、同様の技術は既に他の会社からも商品化されていた。iphoneが新規の成功として、社会にインパクトを残したから、イノベーションを起こしたとみなされたのである。つまり、イノベーションは結果であり、ゴールではない。社会から魅力的に見えて、なんかすごい、と思われたことで、iphoneの社会への浸透がなせたのではないか。
基調講演後半は、ご自身が開発されたRubyを題材に、イノベーションを起こすためにはどうしたらいいかをお話しいただきました。まつもと氏が米子の高校生だった1980年代前半は、Basicでプログラムを書いていたが、途中でPascalに出会い、こんなことができるのかと感動した。同時に、プログラミング言語は誰かが作ったものである、ことに気づき、自分もプログラミング言語を作ってみたいと思うようになった。しかし、コンパイラなど買えるはずもなく、大学ノートに「最強のプログラミング言語」の妄想を書くことだけしかできなかった。その思いは継続していて、同級生がプログラミング言語を学びたいと言っている中で、自分は「プログラミング言語を作りたい」と考え、筑波大学の卒業論文でもプログラミング言語の開発に取り組んだ。その後、就職した会社で関わっていた開発がキャンセルになり、時間があったときに、それまでのモチベーションが開花し、Rubyを作った。Ruby自体は「画期的な機能をもっていたわけではない」が、「楽しいプログラミング」を目標として掲げたことがよかったと思っている。機能や性能、計算速度で様々なプログラミング言語が競っている中で、Rubyは「楽しいプログラミング」を目指し、「異なったアプローチ」を取ったといえる。また、Rubyをリリースした1995年という「タイミング」もよかったといえる。windows95の発売により、追加ソフトなしでインターネットに接続できる時代(インターネットの大衆化)が始まった。現在では、Gmailをはじめ、なんでもwebブラウザで操作できる時代になりつつあるが、そういったWebアプリケーション開発とRubyはマッチした。
最後に、イノベーションをどう起こすのか/イノベーションを阻害するものはなにかについて、お話しいただきました。イノベーションを阻害するものとして挙げられたのは、「現実逃避」(今は質が悪いと、その商品・サービスの既存商品との本質的な違いから眼をそむけること)、「失敗をさける」(何度も挑戦し、失敗するを繰り返すことで、成功する可能性もあがる)、「マイクロマネージメント」(細かく管理されすぎるとモチベーションがあがらない)、「個よりもチームを重視」(個の影響がチーム全体に及ばないような体制にすることは、結局、個を平準化することになってしまう)、「保守的判断」(組織を維持するために失敗を回避する戦略だけではうまくいかない)等でした。挑戦なしにイノベーションはなしえないので、小さいチームで頻繁に挑戦することで、素早い方向転換も可能になり、異分野を組合せる(隣の分野を深堀する等)ことや先人の知恵を使う(巨人の肩の上に立つ)ことでイノベーションに近づくのではないかと仰っていました。当然、ビジョンやモチベーションも必要で、イノベーションのためのビジョンは、フォードの自動車開発の話にもあるように、マーケット・顧客に聞くことからでは得られないので、あなたの本当にほしいものはこれ、と自ら提示する必要がある。Rubyであれば、「オブジェクト指向」「楽しいプログラミング」「人間にフォーカス」というビジョンがあり、自分の高校生からの夢/妄想を叶えるための開発であり、モチベーションは元々高かった。よりよい未来を妄想することが、イノベーションの最初の一歩ではないかと思っている。
パネルディスカッション「MDA人材への期待」
パネリスト:
遠藤 靖典 氏(筑波大学システム情報工学研究群長)
大場 光太郎 氏(産業技術総合研究所イノベーション人材部 審議役)
田中 大史 氏 (株式会社NTTデータデジタル事業部LBS担当部長)
藤光 智香 氏 (つくば市政策イノベーション部 部長)
松村 崇行 氏 (気象庁気象研究所長)
モデレーター:
川島 宏一 氏(筑波大学システム情報系教授)
パネルディスカッション前半は、各パネリストの方から、自組織でのMDA関連の活動紹介やMDA人材への期待を述べていただきました。遠藤氏からは、筑波大学で行っているデータサイエンスエキスパートプログラム(詳細はこちら)の紹介をいただきました。MDAで世界の変革をリードする人材を育成することを目標に、教育プログラムを実施しており、特に、新しく総合ゼミナール、プロジェクト研究、後期研究留学、トップ人材養成特別演習という4つの科目を新規に立ち上げ、エキスパート養成やそのための博士学生への支援を行っている。既存科目と新規科目の中で、MDAに関する高度専門力、実践力、創出力、分野融合力、そして卓越総合力を涵養しようとしている。企業、自治体、社会と連携して、人的交流を行いながら、問題解決能力を養っていくという試みも行っているということでした。続いて、田中氏からは、NTTデータが行っているBizXaaS MaPというサービス(詳細はこちら)を中心に紹介いただきました。BizXaaS MaPは地理空間コンテンツデータとアプリケーションの提供を行うビジネス戦略プラットフォームサービスであり、ゼンリンなどのコンテンツベンダーとアライアンスを組みながら、ユーザーに直接届けるビジネスモデルを展開している。例えば、人流情報と不動産情報を使ってAIで出店ニーズを評価するといったサービスを構築している。多種の地理空間情報をはじめ非常に多くのデータを扱っていて、より優れたAIなどの技術を適用し、データの価値を高めて、サービス実装したいと考えて、取り組んでいる。次に、松村氏からは、気象分野におけるAI・ビッグデータ関連の取組・課題を中心に紹介いただきました。天気予報の技術的中核にあるのは流体シミュレーションであり、観測データや過去の結果をインプットして、予測(数値予報)を行っている。AI技術の活用に関する研究に、理化学研究所と共同で取り組んでおり、深層学習による気温分布の面的解析や数値予報の高度化などの技術開発を行っている(詳細はこちら)。また、日当たり200GBにも及ぶ気象データをクラウドで産学官で共有できる仕組みの構築も図っている。気象予測は、多様で膨大なデータがあり、非線形で確率的な事象であり、より高性能な予測を行っていくためには、AI・深層学習などの技術は不可欠だと思って、取り組んでいる。次に、大場氏から、デザインサイエンスがデータサイエンスの強い味方になりえるというお話をいただきました。ロボットの研究を中心としていた2011年に東日本大震災があり、気仙沼でロボット利用の実証実験を行ったことがきっかけで、デザインサイエンスの研究・実践を進めることになり、現在、産総研デザインスクール(詳細はこちら)を行っている。ロボット開発、新規事業創出やデータサイエンスによる社会問題の解決を行うには、個々の技術の高さだけではなく、本当の社会ニーズをあぶり出すためや社会実装の合意形成をするためのファシリテーション能力が必要であり、デザインサイエンスの力が必要である。最後に、藤光氏から、つくば市で取り組んでいるスーパーサイエンスシティ(詳細はこちら)におけるMDA人材の期待をお話しいただきました。つくば市では、中心部と郊外部の落差(高齢化率や生活インフラなど)、インフラの一斉老朽化、多文化共生への対応といった課題を抱えており、科学技術も用いながら、解決していきたいと取り組んでいる。空間センシングのデータ、行政・公共データ、民間サービスのデータ、パーソナルデータなどのデータを安全に管理・利用するためのデータ連携基盤の整備は進みつつある。では、そのデータをどう使うのかというときにMDA人材・データサイエンスの力が必要だと思っている。
後半のパネルディスカッションでは、どのような組織間の関係がありえるか、具体的にどんなNext Actionを行うかについて、討議しました。本質的な問題設定のところから学生と一緒にできるようなインタラクションを作っていきたいという提案や、また、そういったProject-based learningを進めるための共創能力、対話(ダイアログ)をどう身につけるかも非常に大事である話がありました。また、研究所や企業との連携の仕方として、緩やかな関係であっても継続していくことや、大学の中に閉じ困らずに、色々な組織・現場に行き、社会との接点を持ちながら、研究・開発のモチベーションにしていくことが必要ではないかという議論がありました。また、社会の現実的な制約の中でインパクトを起こす際にはフラストレーションが溜まることがあるが、それを乗り越えるには強い意志とアカデミックな知識が必要で、また、同時に、それぞれの現場や人をよく理解することも大事である。そのような論理的な科学と意志・直観が相互に影響を及ぼしあいながら、取り組まなければならないような世界は刺激的でインスピレーションに溢れており、非常に面白く、失敗を恐れず、学生さんも躊躇せずに飛び込んできてほしいといった議論もありました。