取り組みの概要

背景と課題
公共空間で多く発生する心肺機能停止とAEDの救命効果
- 日本全国における公共空間での心肺機能停止による死亡者数は令和3年度において38,747人であり、交通事故死亡者数の15倍以上にのぼる1)2)3)。
- 茨城県つくば市においても、2006年1月から2023年5月において200人を超える心肺機能停止が公共空間で発生している。
- 心肺機能が停止すると、1分経過ごとに生存率は約10%ずつ低下していくため、約10分が経過すると生存率が著しく低下する4)。
- 一方で、つくば市における救急車の現場到着所要時間は約11.6分であり5)、救急車を待つだけでは全ての心肺停止者を救うことができず、AEDの活用が期待される。
- AEDを活用すると1か月後の生存率が約7倍に、社会復帰率が12.5倍となり、高い救命効果が期待されているが、AEDの適用率は4%程度に留まっている6)。
最寄AED急搬送システムに期待される効果と課題
- 最寄AED急搬送システム7)とは心肺停止傷病者発生位置に最寄のAED管理者がAEDを急搬送し適用する社会システムであり、AED適用の不確実性を低減することが期待されている。
- 過去約17年間においてシミュレーションすると年間2~3人を救うことができる可能性が示唆された。
- このことからも最寄AED急搬送システムの対象とするAEDはもちろん多ければ多いほど良いが、各AED管理者に対して説明会や訓練を行う人的なコストを踏まえると、すべてのAED管理者を対象とすることは現実的ではなく対象を絞る必要がある。
- そこで本研究では心肺停止傷病者を救命する最小限のAED管理者を選定し、効率的な最寄AED急搬送システムを構築することを目的とする。
モデル構築
Step1. 最小数のAEDの選定
- 本研究では、AEDの近くで発生し、AEDが活用されていれば救命できた可能性が高かった心肺停止傷病者をすべてカバーするためのAEDを選定するモデルを以下のように2段階のモデルとして定式化する。まずStep1において必要なAEDの数を算出する。

- 式(1)の目的関数は、選択するAEDの数の総和を意味し、これを最小化することが目的である。
- 式(2)は心肺停止傷病者発生位置jがN_j以上のAEDからカバーされることを表している。
- 本研究では、心肺停止傷病者が発生したときにAED管理者が不在の可能性を考慮し、複数のAEDからカバーすることを検討する。
- そこで、心肺停止傷病者発生点jのカバー距離以内に2か所以上のAEDが存在する場合、N_jを2と設定する。
- ただし、郊外部ではAEDの密度が低く、複数のAEDによってカバーできない場所では、N_jを1と設定する。
- ここで生存率が0%となる心肺停止後10分未満なのに対し、深澤8)の実証実験からAED搬送以外に要する時間は約4.9分であり、 AED搬送速度は111.7m/分であることから、AED搬送時間は約5.1分となるため、カバー距離は537.16mと設定した。
- Step1の結果、必要なAED数pが算出された。
Step2. Step1の課題を克服するAEDの選定
- しかしStep1は最小数のAEDを選定するに留まっており、心肺停止傷病者の救命確率を高めるためにはより短い距離に立地しているAEDを選定することが望ましい。
- そこで、Step2ではp-median問題を解くことで必要なAED数pを満たすより移動距離の短いAEDを選定する。

- 式(3)の目的関数は、心肺停止傷病者発生位置とAEDの総移動距離の最小化である。
- 式(4)は選定されるAEDiの総数がStep1で算出した必要なAED数pであることを表し、式(5)は各心肺停止傷病者発生位置jに対し、N_j以上のAEDが配分されることを表している。
AED選定モデルの適用
対象地および使用データ
- 提案したモデルを茨城県つくば市に適用する。
- 本研究では、つくば市消防本部から心肺停止傷病者情報を提供していただき、番地レベルまでの位置情報を用いる。
- もしつくば市において、過去にAEDが迅速に活用されていれば、218人の中で38.23人と約17.5%が救命された可能性がある。

- 図1は心肺停止傷病者の人数と滞在人口を500mメッシュ単位で集計しその関係を表しており、心肺停止傷病者と滞在人口にあまり相関がないことが分かり、これは必ずしも人の往来が多い場所で心肺停止傷病者が多く発生することではないことを意味する。
- 過去の発生傾向はある程度その要因が反映されている結果であると見なすことができ、本研究で心肺停止傷病者の位置情報を使って「最寄AED急搬送システム」を構築することには意義があるといえる。
- カバー距離以内にAEDが立地していない心肺停止傷病者は除き、142人をカバー対象とする。
AED選定結果

- 提案したモデルを適用した結果、全体の940か所のAEDの中で100か所が選定され、AEDから心肺停止傷病者発生位置までの平均距離は324mとなった。
- また、心肺停止傷病者の66%が2つ以上のAEDによってカバーができることが示された。
- 図2は選定されたAEDの分布と心肺停止傷病者発生位置の関係を表しており、中心地では各心肺停止傷病者発生位置を2つのAEDで効率的にカバーしているが、それ以外の郊外部では各心肺停止傷病者発生位置を1つのAEDでカバーしていることが示された。
後記
- 最寄AED急搬送システムの対象とするAEDを定量的に選定し、ポイントをどこに絞るかを明確にすることができた。
- その際には、消防本部やAED管理者の声も反映し、バックアップ体制を考慮するなど、現場で想定される課題を踏まえたモデルの構築を行った。
- 一方で、データの限界も明らかとなった。
- まず、AEDの位置情報はいばらきデジタルマップをはじめとして提示されているが、AEDを設置しても登録は義務ではないため、すべてのAEDの位置情報を網羅できているわけではない。
- また、データで選ばれたAEDが必ずしもすべて最寄AED急搬送システムに協力するわけではなく、協力を促すためにはAED管理者が感じている課題である法的な責任問題や本来業務との兼ね合いなど、必ずしもデータだけでは社会実装を進めることはできず、制度も併せて検討していくことが重要であることが分かった。
リファレンス
1)総務省消防庁(2022),令和4年版 救急救助の現況Ⅰ救急編,第90図
2)総務省消防庁(2022),令和4年版 救急救助の現況Ⅰ救急編,第112図
3)総務省警察庁(2022),令和4年版 警察白書 図表5-1
4)Larsen, M. P., Eisenberg, M. S., Cummins, R. O., & Hallstrom, A. P. (1993). Predicting survival from out-of-hospital cardiac arrest: a graphic model. Annals of emergency medicine, 22(11), 1652-1658.
5)つくば市消防本部(2023),令和4年版消防年報
6)総務省消防庁(2022),令和4年版 救急救助の現況Ⅰ救急編,第89図
7)川島宏一・有田智一・ 鈴木良介(2018):つくば市による心肺停止傷病者発生位置情報の最寄AED管理者との共有が生み出す協働による救命効果に関する研究,地域計画行政学会論文集,41(3), 33-41.
8)深澤良磨(2020):最寄AED急搬送システムの救命効果と社会実装に向けた課題に関する研究,筑波大学大学院博士課程システム情報工学研究科修士論文(未公刊)