自治体は争うべきか、協力すべきか。
-空間相関と囚人のジレンマによるアプローチ-

概要

背景・目的

  • 人口減少に伴い、移住者を取り込むための人口獲得競争は過熱化している。
  • そもそも人口増加のためには、子供が増える自然増と、転入者を増やす社会増があるが、お互いに人口を増やすには、自然増が必要である。(図1)
  • しかし、自然増施策(子育て施策)は効果が出るまで時間がかかることから、多くの自治体では社会増施策(移住促進施策)を重点化している。
  • 実際に、2040年の各自治体の社会増減の目標値1を見ると、多くの自治体で増加と均衡の目標を立てており、これでは国内の人口を取り合う有限のパイの奪い合い、頑張っても目標が達成できないジレンマ状態である。(図2)
図1:人口増加の簡易モデル
図2:2040年の社会増減目標値

そこで本研究では、

自治体が人口減少策で最も注力する2“医療費無料化”に着目し、
回帰分析とゲーム理論から、ジレンマを生む悪い自治体間競争のメカニズムを解明する
を目的とする。

分析

医療費無料化競争を取り巻く自治体間競争を、実証と理論の2方面の分析から明らかにする。

①実証分析:子供の医療費無料化競争の実態を、回帰分析を用いて説明
②理論分析:ゲーム理論を用いて、メカニズムを解明

実証分析

使用データ

本研究では、厚生労働省が発行する「乳幼児等医療費援助の実施状況」3、いわゆる「マル福」の通院データを用いて、医療費無料化の現状を明らかにする。マル福とは、医療費の3割自己負担分を自治体が援助する事業で、育児負担の解消と出生率向上を目的とする。対象範囲は、1741市町村の2013年から2023年の10年間のデータを用いる。

現状:全体援助の時系列変化

〇データ加工
経過を分かりやすくするため、データ加工を行う。用いる分析データは、無料化となる年齢の対象上限と、所得制限・一部負担の有無が記載されており、これらを10段階のランクに区分けする。(表1)
色が濃いほど援助が手厚いことを表す。

表1 分析データとデータ加工(全体ランク)

始めに、10年間の医療費援助の経過を観察する。

〇考察
2013年から10年間の経過(図3)を見ると、手厚いランクに均一化していることが分かる。2023年では、70%近くの自治体が18歳以上まで医療費援助をしており、対象が大人ともいえる年齢まで手厚く実施されている。この要因は、始めに医療費援助を手厚くを実施する先行自治体(例えば、22歳まで医療費無料化を実施する北海道南富良野町など)を筆頭に、周辺自治体が影響されたと考える。

図3 全体ランクの時系列変化

現状:県データ・市データに細分化

次に、これらの援助の内訳をみる。この医療費援助は、県が決める基本的な援助分と市町村が決める上乗せ分に分けられ、基本援助分の 50%は県が出費する。もし基本援助分以上の上乗せをしたい場合は、市が自己負担する形で実施する。(図4)以下で、内訳の違いを明らかにする。

図4 医療費援助の概要

〇データ加工
データは、県と市町村を足し合わせた全体データと、県データのみが公開されているため、市町村の上乗せ分は、全体データから県のデータを差し引く形で表した。(表2)

表2 市町村ランク

〇考察
図5より、例えば岩手県と秋田県のように、中央の全体データは同じに見えても、県の援助が低いところは市の援助が高いことが分かる。

図5 2023年の市町村・全体・県データ

回帰分析

上記の結果を、回帰分析を用いて定量的に示す。データは、県データが確実でない新潟県を除いた1692市町村を対象とし、2023年を用いる。説明変数と被説明変数の定義と結果を表3,式1に示す4

表3 説明変数と被説明変数
式1 回帰式

これより、以下の3つが読み取れる。

  1. 隣接する自治体の援助ランクが高ければ、その自治体のランクも高い「同調圧力」があること
  2. 県の援助が低いと市町村の負担が増える「県単位の差」があること
  3. 子供、転入者が少ないほど援助強化により負担が増える「地域性」があること

理論分析

しかし上記の実証分析では、自治体間の競争による相互作用の効果は図れていない。
そこで、ゲーム理論を用いて、施策を実施してもかえって損する悪い競争のメカニズムを理論化する。

基本設定

〇基本設定

単純化のため 2 自治体のゲームとし、選択は実施する(〇)か、未実施(×)の2択、初期状態をお互い未実施の状態とする。また、各選択には効用が与えられ、今回は異なる性格の3つのパラメータ(a:導入効果、b:取り合い、c:同調)を用いて表す。さらに、今回は自治体 1,2 が同じ効用を得る対称ゲームとし、表記する効用は、代表して自治体1のみとしている。以上の基本設定を表したものが、図 6である。

図6 基本設定

〇改善・改悪となる競争

はじめに、具体例を用いて改悪・改善となる競争を説明する5
図 7のように、自治体1は自分の利得が高くなる(〇)を選択し、対称ゲームから自治体2も(〇)を選ぶ。これより、自分の利得が高くなる選択をお互いが取った結果の「ナッシュ均衡」は(〇,〇)となる。しかし、これでは初期状態の 0 よりも利得が低くなるため、パレート改悪となる。
次に、パレート改善となる競争は、同様に、自分の利得が高くなる選択を、お互いが取った時の結果、(〇,〇)となる。これは、初期状態よりも効用の高くなるため、パレート改善となる。
このように、数値の変化によってゲームの良し悪しが変化する。しかし、医療費無料化をはじめとした自治体間競争の効用を具体的な数字を当てはめることは不可能である。そのため、異なる性質を表す abc により、全てのゲームパターンを表したものが、このメカニズムである。

図7 パレート改悪と改善の具体例

悪い競争と地域格差のメカニズム

〇パレート改悪”ジレンマ”のメカニズム

次に、 a,b,c を用いて医療費援助の競争状態を説明する。(図8)

  • 「a 導入効果」
    • aは相手の状態関係なく、実施した時に得られる「導入効果」で、医療費援助において、導入効果 a は出生率向上のプラス効果がある一方、過剰受診による財政圧迫のマイナス効果もある。医療費援助を担当する茨城県庁職員へのヒアリングから、「出生率向上は不明、過剰受診防止のため援助を抑えるべき」とのことから、導入効果がマイナスにあると捉えた。ここで、導入効果がマイナスであればやらなければいいのだが、実際には、取り合いや同調圧力があることから、実施せざるをえない状況にある。
  • 「b 取り合い」
    • b は自分だけ実施したら得られる「取り合い 」で、両者が実施した場合は何も得られないゼロサム状態となる。実際に、医療費援助は取り合いである社会増を見込んでいる67ことから、取り合い b があることが分かる。
  • 「c 同調」
    • c は相手と同じ選択をしたときに得られる「同調 」で、(〇,〇)と(×,×)の2パターンある。相手と同じ選択を取る必要があるため、選択問題が増え常に周りを気にしなければいけない。また、北海道利尻富士町のヒアリングより「高校3年まで無料化する風潮があった」との証言から、(〇,〇)に同調圧力が向いていると捉えられる。

このように、たとえ導入効果 a がマイナスであった場合でも、取り合い b や同調効果 c があることにより、実施せざるを得ない状態となっている。医療費援助の場合、転入者の取り合いや同調圧力より、過剰受診で財政が圧迫される状態にあっても、実施の選択を取っている。

これより、現在の医療費援助は、頑張ると損をするジレンマを生んでいると捉えた。

図8 各効用

〇地域格差のメカニズム

次に、自治体1と2の効用が異なる非対称ゲームにより、地域格差を説明する。
ヒアリングから利尻富士町では「財政は苦しいが無料化を実施している」との声があがり、医療費援助は過疎地域ほどコストが大きく、すでに都心との負担差はあることが分かった。この状況を説明するため、都心の方が多くの導入効果 a があるよう桃色で図9に設定する。その結果、自分の利得が高くなる選択をお互いが取った結果(ナッシュ均衡)はグレーの場所となる。都会は初期値よりプラス2、過疎は初期よりマイナス3と、効果が高い勝ち組自治体ほど伸びて、負け組自治体ほど苦しくなり、格差が助長することが分かる。このように、今の医療費無料化政策は、都心の勝ち組自治体ほど負担が少なく実施でき、過疎地域ほど苦しくなる。

つまり、現在の医療費援助は格差を助長すると考えた。

図9 地域格差の例

まとめと展望

〇まとめ
本研究では、医療費援助施策に着目し、線形回帰による現状の数値化とゲーム理論により、ジレンマとなる自治体間競争のメカニズムの解明を行った。線形回帰では、市町村の手厚い援助が、周辺地域からの同調
圧力や県の低い援助、若年層割合や社会増減などの地域特性による違いから発生することが分かった。ゲーム理論では、移動円滑化による人口獲得競争や、援助を高める改悪の同調圧力により、過剰受診を促進するような効果がマイナスの無料化競争が起きていることを明らかにした。また、県が手厚く支援し、子供も
転入者もいる勝ち組自治体ほど得をする状態を示すことで、負け組がより苦しくなる地域格差の問題を視覚化した。このように、医療費援助をめぐる競争では、頑張っても損をするジレンマや、地域格差を生むことが問題であると提唱する。

図10 成果まとめ

〇展望
このような、導入効果がマイナスな逆効果となる悪い競争は、ふるさと納税や給食費無料化も同様で、国や県で廃止や一律規制を行うべきと考える。一方、導入効果がプラス、取り合いが少ない、相乗効果となる良い競争は、地域ブランディングに代表されるように、市町村で推進することが望ましいと考える。
このように本研究では、2 自治体ゲームと a,b,c の3つのパラメータのみで表すことで、自治体間競争の改善と改悪となるメカニズムを解明し、競争の切り分けと国、県、市町村の位置づけについて提唱した。

図11 展望

参考文献

  1. 各自治体(茨城県), “まちひとしごと人口ビジョン,” 2015-2023 ↩︎
  2. 日本経済新聞(日経グローカル), 全国首長調査(上),2024. ↩︎
  3. 厚生労働省, “乳幼児等に係る医療費の援助についての調査,” 2013-2023. ↩︎
  4. 厚生労働省, “人口動態調査” ↩︎
  5. 渡辺隆裕, 一歩ずつ学ぶゲーム理論, 2021 ↩︎
  6. 日経新聞, “北海道・南富良野町、22 歳まで医療費無料化”,2011.3.9 ↩︎
  7. 日経新聞, “千葉・多古町、22 歳の学生まで医療費無償 11月から拡充”,2021.9.22 ↩︎