研究の概要
背景と課題
近年オンライン・ショッピングにて商品を購買する人々は増加している。店頭でのショッピングよりも、オンライン・ショッピングはウェブ上での情報行動の影響を強く受けると考えられ、ECサイトでは利用者を満足させる、より良いデジタル体験を設計することが重要な課題となっている。このような背景から購買満足度に関する研究は広く行われているが、商品購買者のウェブ検索による情報探索行動と購買満足度の関係についてはまだ十分な理解が得られていない。
本研究では、オンライン・ショッピングにおける情報探索行動の記録としてウェブ検索ログを、購買満足度を表す評価としてECサイトにおける商品レビューの点数を用いて、複数のカテゴリを対象としてウェブ検索による情報探索行動と購買満足度の関係を分析し、クエリ語と満足度の関係について調査する。
本研究のリサーチクエスチョン(RQ)は次の通りである。
- 満足したユーザーと不満足なユーザーでウェブ検索行動は異なるのか?
- 商品の特性が変われば、満足したユーザーと不満足なユーザーでウェブ検索行動は異なるのか?
- ユーザーの特性が変われば、満足したユーザーと不満足なユーザーでウェブ検索行動は異なるのか?
- 購買前、または、購買後の検索行動から購買満足度は予測できるか?
対象データ
Yahoo!検索のウェブ検索ログと、Yahoo!ショッピングの購買ログおよびレビューデータをサンプリングし用いる。これら2つのサービスは同一企業が運営しており、同じユーザーの検索行動と購買行動を把握できる。ウェブ検索と購買ログは、2016年から2017年にかけて毎月10日以上検索を行ったユーザーのログのみを使用した。購買後に書かれるであろうレビューは、2016年から2018年にかけて取得したものを使用した。
セッションについては30分の閾値を設け求めた。購買商品は5カテゴリ(家電、オーディオ、美容、ガジェット、アウトドア)に分類した。これにより、カテゴリごとの検索行動の差異を調べることができた。
レビューデータには5段階の点数とレビューテキストが含まれる。購買前のレビューや詳細ではないレビューを除外し、ネガティブなコメントが多い3以下を不満のある購買、それ以外を満足のいく購買とした。
検索意図の推定
ウェブ検索行動を特徴付けるため、各クエリの検索意図を推定する。
例えば、一眼レフカメラを購入したいユーザーが「一眼レフカメラおすすめ」と検索した場合、ユーザーは商品購買の初期段階である可能性が高い。一方、「EOS R5価格」というクエリで検索した場合、ユーザーは比較的購買に近いと考えられる。
上記のケースは、先行研究の定義では、それぞれDM(Decision Making: すぐに購買したいが、何を買えばいいのか漠然としている)、TF(Target Finding: 特定の対象商品を念頭に置いている)と推定される。
クエリ意図の特定には次の課題がある。
- 複数のクエリとその相互作用を考慮する必要があるため、セッションレベルでの意図の推定が困難である。
- TFとDMの区別が曖昧である。
- ユーザーが特定の商品タイプを探すかどうかを推定することが困難な場合がある。
課題1と2に対処するため、先行研究(Su et al. 2018)の定義を変更し、検索意図をクエリごとに推定、特定の商品名または特定のブランド名での商品検索意図をTF、商品タイプのみでの商品検索意図をDMとした。
課題3に関して、定義の変更によってTFの推定は容易になったが、DMはそうではない。そこで、次の方法を提案する。まず、ルールベース分類器により、クエリに商品名やブランド名が含まれておらず、ユーザーが購買した商品のカテゴリ名が含まれている場合、そのクエリの意図をDMと推定する。そして、推定結果を用いて、弱教師あり学習アプローチによりDMを特定する。
分析
RQ1「満足したユーザーと不満足なユーザーでウェブ検索行動は異なるのか?」に対して、満足(SAT)ユーザーは不満足(DSAT)ユーザーよりも購買前1週間以内に、より広い商品に関連する情報を検索する頻度が高いと結論付けることができる(図1、2)。
外部探索量の増加によって消費者が小売価格よりも安い価格で商品を購買することができ、そのコスト削減が顧客満足度に正の影響を与えることが知られている(Punj & Staelin, 1983)。本節の知見は、外部探索量と顧客満足度の間接的関係に関する彼らの研究を支持する。
RQ2「商品の特性が変われば、満足したユーザーと不満足なユーザーでウェブ検索行動は異なるのか?」、RQ3「ユーザーの特性が変われば、満足したユーザーと不満足なユーザーでウェブ検索行動は異なるのか?」に対して、顧客の検索行動は特にウェブ検索に比較的慣れていて、比較的高価な商品を購買する場合、TFクエリの頻度が満足(SAT)ユーザーと不満足(DSAT)ユーザーで異なると結論付けられた(図3)。
満足ユーザーは、不満足ユーザーよりも購買前に多くのTFクエリで検索していた。さらに、検索頻度が低く、安価な商品を購買するユーザーにおいては、購買後に不満足ユーザーの方が満足ユーザーより多くのDMクエリを投入していた。
満足度予測
検索意図の時間分布による予測
満足(SAT)と不満足(DSAT)のユーザー間でいくつかの違いが見られたため、まずTF/DMクエリの時間分布に基づく予測を試みた。満足度予測には、購買前後の8時区間で投入されたTF/DMクエリの正規化された頻度に、価格と検索頻度の水準を表すバイナリの特徴量を含めた計18個(= 8×2+2)の特徴量を使用した。分類モデルとしては、ランダムフォレストとロジスティック回帰を用いた。
その結果、ランダムフォレストは正解率が0.5514、ロジスティック回帰は正解率が0.5591を達成した。ロジスティック回帰モデルによる各特徴の重みの中で、購買前1週間以内のDMとTFの頻度、購買後3週間以降4週間以内のDMの頻度、価格が統計的に有意な要因であることがわかった(図4)。
また、購買後のDMクエリ、価格において重みの絶対値が大きい傾向も見られる。これらの傾向は、価格が中央値よりも高い場合において頻度の差が見られることや、DMクエリにおいては、価格とユーザーの検索回数が中央値以下の場合に、満足したユーザーはそうでないユーザーと比べ購買後の頻度が低い傾向を捉えている。
クエリ語による予測
クエリ語による予測では、「bag-of-words」、「クエリ埋め込み」、「事前学習済みBERT」の3種類の手法において、購買前4週間のTFクエリとDMクエリを空白で分割して得た語を用いて満足度の予測を行った。
その結果、意図の頻度を用いた手法の方がクエリ語を用いた手法よりもわずかに正解率が高くなった。クエリ語を用いた手法の中では、bag-of-wordsによる予測が最も高い正解率を記録しており、より複雑かつクエリの時系列を捉える手法であるBERTによる予測よりも良く予測できた。したがって満足度は、クエリ語というよりも、購買に関係する検索の頻度によって決まると考えられる。
議論と結論
本研究の分析の結果、満足したユーザーと不満足なユーザー、さらにはユーザーのタイプや商品によって、次のようにウェブ検索行動が異なることを明らかにした。
- 満足したユーザーは不満足なユーザーに比べ、購買前1週間以内に、より幅広く商品に関連する情報を検索する頻度が高いことがわかった。
- 満足したユーザーは不満足なユーザーよりも購買前に特定の対象商品を念頭に置いた語彙で多く検索しており、特にウェブ検索に比較的慣れている場合や比較的高価な商品を購買する場合、その傾向が顕著にみられた。
- 他人の意見を求めているユーザーは、購買時に満足する可能性が高かった。
また、購買に満足したユーザーはそうでないユーザーと比べ、購買前に商品に関して、多様な語彙かつ高い頻度で検索をしていることも推測された。特に購買前1週間以内の検索頻度は満足度予測にも有効だった。