研究の概要
背景と課題
- 新型コロナウイルスの世界的な感染拡大は、我が国の社会・経済に甚大な被害を及ぼした。感染拡大を防ぎつつ、持続可能な日常生活を送るためには、自分や家族、小売店・飲食店といった環境で周囲にいる人々のために、普段から感染予防行動を徹底する必要がある。
- 厚生労働省は、そのような日常生活に感染予防行動を取り入れた“新しい生活様式”の定着に向け、様々な情報発信を行っている。したがって、人々の感染予防行動がどのような心理プロセスによって規定されるのかを検討することにより、今後のより効果的な情報発信に向けた示唆を得ることができると考えられる。
- 健康予防行動は、行動に対するコスト認知やベネフィット認知、感染することに対する重大性や感染可能性の認知が影響を与えることが示されている。また、健康予防行動には、意思決定後の結果を想像して後悔するかどうかの認知である予期的後悔が重要な要因であることが明らかになっている。
- 加えて、他者に感染させないための行動は損失状況におけるリスク回避行動と捉えることができ、その行動を規定する要因として、他者との心理的な距離感である社会的距離要因や感情要因が影響を与えることが示唆されている。しかし、それらの要因を含めた感染予防行動を規定する包括的な心理プロセスが明らかになっていない。
使用データ
- 本研究の目的は、小売店や飲食店といった環境を含む“新しい生活様式”に向け、人々の感染予防行動を規定する心理プロセスを検討することである。そこで、一般の消費者500名と小売店の従業員200名、飲食店の従業員172名に対してアンケート調査を行った。
- 調査項目は、感染に対するネガティブな感情や予期的後悔、行動に対するコスト認知やベネフィット認知、情報収集の程度などである。また、認知・感情要因については、自分のためか家族のためか、小売店や飲食店で周囲にいる他者のためかという社会的距離要因を操作した項目を用いた。
データ分析
- 多母集団同時分析により、パーソナリティ要因や外部からの要因である予期的後悔傾向と情報接触量が、状況における自身に対する認知である不安感などのネガティブな感情や疾患重大性、行動に対する認知であるコスト認知やベネフィット認知、予期的後悔を介して感染予防行動意図を規定するというプロセスを明らかにする。
- 群分けとしては、小売店の販売員と飲食店の販売員が、両者を合わせて接客業従業員とし、45歳以上かどうかの群分けも行う。したがって、一般消費者か接客業従業員かどうか、45歳以上かどうかという2×2の4群による分析を行うこととする。
- 多母集団同時分析の結果、家族感染予防行動意図を規定する心理プロセスは、感染ネガティブ感情を介す感情的プロセスが相対的に強いことが明らかになった。また、店舗内周辺他者予防行動意図を規定する心理プロセスは、予期後悔を介すプロセスが相対的に強いことも明らかになった。
- したがって、全体として情報要因や予期的後悔の傾向性が感染に対する認知・感情要因に影響を与え、感染予防行動意図を規定するという心理プロセスが明らかになった。また、接客業従業員かどうかや、45歳以上かどうかなど、個人の持つ様々な特性によって感染予防行動を促す情報提供の効果的な方法が異なることが示唆された。
成果と提案
- 家族といった社会的距離が近い人に対する感染予防行動を促すためには、感情要因が相対的に強く影響を与えることが示唆された。また、小売店周辺他者といった社会的距離が遠い人に対する感染予防行動を促すためには、予期後悔が相対的に強く影響を与えることが示唆された。
- したがって、社会的距離が近い場合、感情要因に訴えかけるような情報提供が、社会的距離が遠い場合、予期後悔に訴えかけるような情報提供が効果的であると考えられる。
後記
- 本研究は、新型コロナウイルス感染症が流行した年に構想し、変わりゆく情勢の中で日々情報を集めながらの研究となりましたが、何とか最後までやり遂げることができ、貴重な経験ができました。
- アンケートの作成段階から丁寧なご指導をいただき、日々多くの助言をくださいました上市先生を始めとする認知・社会心理学研究室の皆さまに心よりお礼申し上げます。
参考文献
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この記事は、下記論文を要約したものです。
石渡 崇晶(2021)。新しい生活様式に向けた新型コロナウイルス感染予防行動を規定する心理プロセスの検討。2021年度 筑波大学 大学院 システム情報工学研究科 修士論文。