研究の概要
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背景と課題
- COVID-19の流行により、日本では、2020年4月から5月にかけて全国に対して第1回目の緊急事態宣言(宣言)が発令され、外出自粛が要請された。
- 宣言時には在宅勤務などが大きく進み、人々は従来外出していた時間帯に自宅で過ごすようになった。その結果、家事や余暇に費やす時間の増加のように諸活動に変化が生じ、人々の一日の生活時間に変化をもたらした。
- そのような人々の生活行動の変化を踏まえて、ポストコロナの都市政策の方向性が多方面で論じられている。例えば、国土交通省はテレワークの進展に対応して、働く場所と居住の場が融合した職住近接に対応できるまちづくり[1]の必要性を挙げている。
- しかし、宣言時に変化が見られた活動の中には、その解除後一定期間が経つとCOVID-19流行前(以下、流行前)の状態に戻っていたものもあると考えられる。
- 従ってポストコロナの都市政策の方向性を考えていく上では、
✓宣言解除後に変化が流行前の状態に戻った活動であったかどうかという時間軸の観点
✓どういった人において変化が見られたのかという個人の属性の観点からCOVID-19流行による生活行動の変化の実態を把握する必要がある。
そこで本研究の目的は、COVID-19流行による人々の移動や日常生活における活動の弾力的な変化の実態を明らかにし、ポストコロナにおける都市機能配置や公共交通施策を考えていく上での参考情報を提供することとする。
使用データ
- 国土交通省が実施した「新型コロナ生活行動調査」[2]を用いる。(表1)
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- 回答者の「いた場所」、「行った移動」、「行った活動」を0時から翌日の0時まで15分ごとに聴取したダイアリーデータとなっている。(選択肢は表2)
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データ分析
分析方法
- 活動実施時間の変化
- 15分ごとに全サンプルの内、対象とする活動を行っていたサンプルが全体の何%いたか(=活動率)を算出し、3時点での15分ごとの活動率の推移を図示する。
- 有職者の一日の過ごし方の変化
- 一日の中で一定時間を仕事に費やしている有職者では、働き方の変化が一日の過ごし方の変化に影響を及ぼしていることが考えられる。
- そこで、有職者(6,983サンプル)に対して、勤務時間長の変化を捉える変数として、0時から24時までの15分ごと96個の時間帯に対して仕事を行っている時間帯に「1」、行っていない時間帯に「0」を、在宅勤務実施状況を捉える変数として、15分ごとに在宅で仕事を行っていた時間帯に「1」、行っていない時間帯に「0」を割り当てた192変数を用意した。
- 3時点での変化を捉えるため、各時点でそれらの変数を用意し、計576変数を用いた平方ユークリッド距離・ウォード法によるクラスター分析から類型化を行う。
分析結果
- 活動実施時間の変化
- 交通行動
- 鉄道での移動も自動車での移動も宣言中には減少していたことがわかる。
- 解除後7月30日で、鉄道移動は流行前の状況に戻っていなかったが、自動車移動は流行前よりもむしろ増加していたことがわかる。(図1)(図2)
- 交通行動
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- 仕事
- 在宅で仕事を行っている人の割合を見ると、宣言中には在宅での仕事を行っている人が増加し、7月30日で流行前の状況に戻りつつあるが、主な就業時間帯では流行前より5%ほど増加している状況となっていた。(図3)
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- 育児
- 宣言中において男性有職者では特に18時以降の時間帯で育児の活動率が増加していた。(図4)
- 一方女性有職者では宣言中において9時から16時の時間帯で男性よりも大幅に大きく育児の活動率が増加していた。(図5)
- 男性、女性ともに解除後7月30日ではほぼ流行前の傾向に戻っていたことがわかる。
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- 有職者の一日の過ごし方の変化
- クラスター分析の結果、7つのグループに分類された。(表3)
- 類型Aのように宣言中のみ在宅勤務ができていたグループと、類型Bのように宣言中から在宅勤務をはじめ、解除後も継続できたグループが見られた
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- 宣言中に在宅勤務ができるようになった類型A、類型Bでは「管理的職業」「専門的/技術的職業」「事務」といった職業の割合が大きいことがわかる。(図6)
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- 類型Aも類型Bも在宅勤務のできた宣言中において、6時-9時の時間帯で寝ている人の割合が増加していた。(図7、図8)
- 17時-22時の時間帯では、余暇の時間を過ごしている人が増加していた。(図7、図8)
- 解除後7月30日において、類型Aでは在宅勤務がなくなったことに伴って朝・夜の過ごし方も流行前の状況にほぼ戻っていたことがわかる。
- 一方で類型Bでは、在宅勤務が継続できていることによって宣言中と同様の過ごし方を享受できていたということがわかる。
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成果と提案
- COVID-19の流行により公共交通から自動車に移動手段がシフトした傾向が見られた。
- 学校の休校などの影響を大きく受けた[3]宣言中の育児の活動率においては、男性有職者と女性有職者の間で大きなジェンダーギャップが見られる結果となった。
- 解除後における在宅勤務の継続の有無は、解除後の宣言中に見られた一日の過ごし方の変化の継続に影響を与えることが明らかとなった。
- 本研究で明らかにしたCOVID-19の流行初期の生活行動の変化を基準としてその後の生活変化への影響を継続的に把握していくことが重要である。
レファレンス
[1]国土交通省: 新型コロナ危機を契機としたまちづくりの方向性の検討について,https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001360981.pdf,最終閲覧2020.12
[2]国土交通省: 新型コロナ流行前、緊急事態宣言中、宣言解除後の3時点で個人の24時間の使い方を把握した全国初のアンケート調査(速報)~今後更に分析を進め、本日設置した“あり方検討会”等に活用~,https://www.mlit.go.jp/report/press/toshi07_hh_000162.html,最終閲覧2020.12
[3]文部科学省: 新型コロナウイルス感染症対策のための学校における臨時休業の実施状況について、https://www.mext.go.jp/ontent/20200513-mxt_kouhou02-000006590_2.pdf,最終閲覧2020.12
この記事は、下記論文を要約したものです
武田 陸(2021)COVID-19がもたらした生活変化の弾力性-緊急事態宣言中とその前後3断面での活動時間調査から―、2020年度筑波大学理工学群社会工学類卒業論文
後記
- 本研究におけるアンケート調査結果の分析にあたって、国土交通省都市局都市計画課都市計画調査室の協力を得ました。心より御礼申し上げます。
- アンケート作成段階から調査に携わっており、国土交通省の方々とのオンライン会議に同席させていただく機会が何度かあり、大変貴重な経験ができました。
- ダイアリーデータは分析するに用いるのが難しい形式のデータであったため、どのような形で集計したらアウトプットを出すことができるかのアイデアを出すのに大変時間がかかりました。