大規模河川氾濫を想定した広域避難効果に関する基礎的研究

ケース
2021-02-03

研究の概要

背景と課題

  • 近年、短時間集中豪雨など治水計画規模を超える降雨が増加している(気象庁、2020)が、行政の財政状況は厳しく、河川の整備などが遅れている
  • 人口・経済活動・資産の拡大や大都市への集中化によるリスクポテンシャルの増加などから、大規模水害発生の懸念が高まっている
  • 2015年の関東・東北豪雨において常総市では、避難所開設を優先し避難指示が遅れる事態となり、行政・住民共にevacuation(危険な場所からの退避)とsheltering(当面の仮住まいを提供すること)の区別ができていないという課題が浮上(常総市水害対策検証委員会、2019)
  • 水害は、危険が累積的に進行し、ある限界に達すると発生する「進行災害」であり、危険な状況に陥る前から気象や避難に関する情報が発表され、事前の安全確保が可能である
  • 大規模水害時の広域避難について、具体的な策定手法を検討してゆく必要がある(内閣府、2020)

本研究では、浸水区域からの脱出に着目した上で、広域避難の効果を測定した。また、その手法を提案した

分析

分析の概要
分析対象地域茨城県内の市町村
分析方法GISによるNetwork Analyst分析
GISデータ道路網(平成26年度版DRMデジタル道路地図)
避難施設(平成28年度版PAREA-Hazard避難所データ)
浸水想定区域(国土数値情報)
500mメッシュ別人口(国土数値情報)
行政区域(国土数値情報)
河川(国土数値情報)
分析の方法
  • 避難行動の考え方: 危険な浸水区域をいち早く抜けることが重要であると考え、浸水区域を最短で脱出したのちに、その脱出地点から最寄りの避難施設へ移動すると仮定した(図1)
図1: 従来の考え方(左)と本研究における考え方(右)
  • 避難開始地点の設定: 「500mメッシュ別人口」データ(図2のA)を用いて、各500m人口メッシュの重心点をつくった(図2のB)。その中で、浸水区域内に含まれるものを抽出し(図2のC)、これを避難開始地点とした。また、各避難開始地点の人口をすべて足し合わせた合計を、その市における要避難人口とした。
図2: 広域避難開始地点の作成手順
  • 避難先の設定: 水害時には浸水区域外の避難施設のみを用いることとした(ただし、二次的な避難先である福祉避難所は本研究では用いない)
  • 道路ネットワークの設定: 分析対象市町村の行政区域から作成した5kmバッファに含まれる道路ネットワークデータを切り抜いて使用した(図3)
  • 浸水区域脱出地点の作成: 道路ネットワークデータを、浸水区域内と浸水区域外に分け、浸水区域内の道路ネットワークと浸水区域外の道路ネットワークの接合点を抽出し、脱出地点とした(図4)
図3: 道路ネットワークデータ
図4: 浸水区域の脱出地点
  • 「脱出部分」と「移動部分」の設定: 起点から脱出地点を「脱出部分」、脱出地点から避難施設を「移動部分」と設定した(図5)
  • 脱出部分の分析: 避難開始地点を起点に、浸水区域の脱出地点を終点に設定した(図6)。図6では直線距離の表示であるが、実際には距離データを得ている。
図5: 「脱出部分」と「移動部分」の模式図
図6: 脱出距離の分析
  • 移動部分の分析: 脱出地点を抜けた後に再度、浸水区域内経路を選択することを防ぐために浸水区域外の道路ネットワーク(図4の緑色の部分)を使用した。脱出地点を始点に設定し、避難施設を終点に設定した。広域避難の効果を測るために、広域避難を実施した場合と広域避難を実施しない場合の2通りの分析を行い、それぞれの避難距離を比較することで評価した。広域避難を実施する場合の分析では、分析対象の行政区域から作成した5kmバッファ内に含まれる避難施設を終点として設定した(図7左)。一方、広域避難を実施しない場合の分析では、分析対象の市町村内の避難施設のみを終点として設定した(図7右)。
図7: 広域避難を実施する場合に使用する避難施設(左)と広域避難を実施しない場合に使用する避難施設(右)
  • 脱出部分と移動部分の結合: 最後に脱出部分のODデータと移動部分のODデータを組み合わせ(図8)、データを選定して最終的な避難経路を特定した。具体的には、同一の避難開始地点のデータが重複しているため、最も脱出距離の短いものを抽出し(図9)、各避難開始地点に対して一つのデータが得られるようにした。
図8: 脱出部分ODと移動部分ODを組み合わせる例
図9: ODデータの選定
  • 広域避難実施による一人当たり避難距離の変化の算出: 避難開始地点ごとに[(人口)×(距離)]を計算することで、各避難開始地点の人口で重みづけした距離のデータを算出した。続いて、それらを合計することで、「要避難人口の合計」「人口で重みづけした総避難距離の合計」「人口で重みづけした脱出距離の合計」「人口で重みづけした移動距離の合計」を算出する。最後に、要避難人口一人当たり平均の総避難距離・脱出距離・移動距離を算出した。
  • 避難開始地点ごとに見た避難距離の変化の算出: 避難開始地点ごとに見た避難距離の変化を算出するために。[広域ありの場合の脱出距離]-[広域なしの場合の脱出距離]を計算した。移動距離および総避難距離も同様に計算した。
  • 避難距離ごとに見た避難人口の推移の算出: 得られている避難経路データを、避難距離に関して昇順で並び替えた。並び替えた順番に沿って、累積の避難人口の割合を算出した。広域避難の有無で結果を重ねると図10のようになった。
  • 対象自治体から広域避難した場合の避難先自治体の割合の算出: 避難先となる市町村ごとに集計し、割合を算出した。分析対象河川の隣接市町の結果を3Dの縦棒グラフで表した。(図11)
図10: 累積避難人口割合
図11: 避難先の割合(鬼怒川氾濫の場合)
鬼怒川の分析結果
  • 茨城県下にあり国土交通省が浸水想定を作成している11の洪水予報河川すべてで上記の分析を行った。ここでは、そのうちの利根川水系鬼怒川での分析結果を紹介する。(すべての結果は本編を参照のこと)
  • 鬼怒川が氾濫した場合に浸水の恐れがあり、浸水区域内に含まれる住民の避難が必要となる市町は、常総市、結城市、下妻市、筑西市、八千代町である(図12)。
図12: 鬼怒川氾濫時の関係市町村
  • 広域避難の効果が大きい順に分析した市町村を並べた結果は、常総市が突出して効果が大きく、他は0.3未満となった(表1)。要避難人口の一人あたり平均の総避難距離の削減効果は、11.52kmであった(表2)。
表1: 広域避難効果(一人当たり平均)の大きい順: 鬼怒川氾濫の場合
表2: 広域避難実施のよる一人当たり避難距離の変化:常総市の場合: 2段階避難による分析(n=40827)
  • 避難距離ごとの累積避難人口(割合)を見ると、広域避難を実施した場合は市全体的に避難距離が大幅に短くなることが分かった(図13)
図13: 累積避難人口(総避難距離): 常総市の場合: 2段階避難による分析(n=40827)
  • 常総市において広域避難の効果が見られる地域を地図上に示すと図14のようになった。浸水区域が広大となり、市の東側から市内の避難施設へ行く場合は大きく迂回する必要があるためである。
図14: 常総市において広域避難効果の見られる地域(鬼怒川氾濫時)
  • 一方筑西市は、広域避難を実施してもしなくても避難距離が変わらず、広域避難の効果が見られなかった。(表3)これは、市域に占める浸水想定区域が狭く、市内の避難施設も十分に使用可能なためである(図15)。
表3: 広域避難実施のよる一人当たり避難距離の変化: 筑西市の場合: 2段階避難による分析(n=17613)
図15: 筑西市内の避難施設と浸水想定区域
  • 避難先となる市町村の割合を見ると(図16)、常総市の場合は隣接する市町村が多く、かつ市の大半が浸水するため、避難者は複数の市町村へ拡散する。結城市・下妻市・八千代町は、広域避難を必要とする地域が一部であり、大半の住民は自分の市町村内に避難をする。
図16: 避難先となる市町村割合:鬼怒川氾濫の場合
  • 最後に、広域避難を実施した場合の市町村どうしの関係性をみる(図17)。ただし以下の図では、自分の市内に避難する人数を省略し、別の市町村へ広域避難する人数を示している。
図17: 市町村の関係図(鬼怒川氾濫の場合)

提言

  • 広域避難の有効性を測るためのGISによる分析手法を確立し、市町村レベルによる広域避難の有効性の比較や、各市町村を個別に見たときに特に有効性の高い地域を特定
  • 広域避難の有効性が高い地域の地理的特徴
  1. 市内に占める浸水想定区域が広大でかつ行政区域の端に位置する地域
  2. 河川が自治体内を縦断している地域
  3. 近隣市町村との境界が河川である地域
  4. 近隣市町村との境界が陸続きである地域
  5. 都道府県をまたいだ広域避難となる地域
  6. 市町村内のほぼ全域が浸水する恐れの高い地域
  • 結果に基づく提言
    • evacuationとshelteringの違いの周知に向けた取り組み、及び避難計画への反映
    • 行政による広域避難対策の推進
    • 住民の生活圏を考慮した避難先の設定

レファレンス

  • 常総市水害対策検証委員会: 平成27年常総市鬼怒川水害対応に関する検証報告書―わがこととして災害に備えるために―、平成28年6月13日公表http://www.city.joso.lg.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/6/kensyou_houkokusyo.pdf(最終閲覧日2019年1月3日)
  • 内閣府ウェブサイト: 大規模水害対策に関する専門調査会http://www.bousai.go.jp/kaigirep/chuobou/senmon/daikibosuigai/index.html(最終閲覧日2020年1月3日)
  • 気象庁ウェブサイト: 大雨や猛暑日など(極端現象)のこれまでの変化https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/extreme/extreme_p.html(最終閲覧日2020年1月3日)

この記事は、下記の論文を要約したものです

蒲倉 光(2020)大規模河川氾濫を想定した広域避難効果に関する基礎的研究、2019年度筑波大学理工学群社会工学類卒業論文。

後記

  • どうしても分析に必要なデータがなかった際、他研究室(鈴木 勉 先生の研究室)に相談に行き、データ提供とあわせて、分析のアドバイスなどもいただきました。いずれも欠けていれば研究を完成させることができなかったので、大変感謝しております。研究室の枠を越えた関わりの重要性も強く感じました。