アルジェリア・ムザブの谷のオアシスにおける伝統的水利システムの形成と変容

ケース
2025-05-07

1.研究の背景と目的、方法

 アルジェリア・ガルダイア県に位置するムザブの谷は中世から続く独自の都市・社会構造や文化を持つことで知られる砂漠のオアシス都市である。ムザブの人々は雨季に周期的に発生する洪水から都市を守り、希少な水資源として活用する独自の伝統的水利システムを有している。ムザブの谷に関する既往研究としては、都市については建築学8)・文化人類学分野3)6)で、オアシスや水利システムに関しては農学4)や工学分野7)12)でそれぞれ研究の蓄積があるものの、都市とオアシス、水利システムを一体的に捉え、その形成と変容に着目した研究は希少である。

 そこで本研究ではムザブの谷の都市・オアシスと、それらを支える水利システムに着目し、その形成と変容の過程を明らかにすることを目的とする。研究方法としては、各分野の既往研究に加え、各種図版(図1)や文書等を用いた分析を中心し、現地調査による実態把握も実施した。本研究で得られた知見を通じ、気候変動下での乾燥地帯における持続可能な都市のあり方を模索する。 

図1井戸の立地状況(CCDS:1909)

2.5つの要塞都市「クサル」の形成

 サハラ砂漠の蛇行した涸れ川沿いの渓谷地帯に位置するムザブの谷は、高温かつ乾燥した厳しい気候に適応すべく独自の都市・社会を形成した。迫害を受け外敵のいない土地に逃れてきたイバード派の歴史から、外部から隔絶された土地において、「クサル」と呼ばれる五つの都市が襲撃や洪水からの防御を重視した高台に建設された(図2)。これら都市は自らが開拓することによって特権を享受できたため、「開拓者」の権限を求めた人々は、都市の人口キャパシティに関わらず下流から断続的に都市が形成された。また、外部との接触を最低限に抑えるため、都市内部で自給自足の生活が達成されるよう、涸れ川沿いに都市を建設したほか、地区ごとに井戸を設置した。水や木材など希少な資源を無駄にせず有効に活用し、より快適な環境で生活できるよう都市全体の構造から建材まで工夫がみられる。また、イバード派の厳格な教義に基づく質素かつ平等なまちづくりが実現され、現代まで受け継がれている。 

2 ムザブの谷の地形

3.オアシスの構成

 これらの都市の持続可能性を支えているのがオアシスであり、乾季の「夏の町」としての避暑地としての役割だけでなく、ナツメヤシ林の灌漑をはじめとする経済基盤や外敵からの防衛、洪水対策を通じたコミュニティの連帯強化といった多様な側面を有している。オアシスは、過酷な環境を生き抜く上で必要不可欠な要素である。

4.伝統的水利システム「タゾニ・ン・ウェメン」の形成

 ムザブの谷では雨季に周期的な洪水が発生する。伝統的水利システム「タゾニ・ン・ウェメン」はオアシスの上流からワジの洪水を分散させ、流量に応じてオアシス、貯水池、下流のワジへと流すよう設計されている(図3)。水利システムは①ヤシ林の灌漑、②洪水被害の軽減、③地下水涵養の3点を目的として構築されており、流量に応じて水利施設の開口部を調節することができる。これらの施設は洪水の規模や水の必要量に応じた柔軟性を持ち、希少な水資源を無駄にしない工夫がなされていた。こうしたことから、伝統的水利システムは灌漑・防災・資源確保を担う多機能インフラ施設とみることができる。

 また、水利施設の基本単位である井戸は都市、オアシス、河床・貯水池と立地ごとに用途と形状が異なることが明らかになった(表 1)。都市内部では井戸を用いて地下水を汲み上げて利用し、生活排水は肥料として活用された。洪水は通常の水と比較して栄養分を豊富に含んでいることから、オアシスでは生活・灌漑用水としても用いられた。河床や貯水池に設置された井戸は洪水時の取水口として機能し、地下水を帯水層へ貯留した。現地でのヒアリングから、これら伝統的水利システムの運営・維持管理は専門組織「ロウムナ」及び自助組織「トゥイーザ」によって行われ、独自の地域コミュニティによる持続可能な管理制度が存在することが明らかになった。

3 水利システムの構成の一例

1 立地による井戸の用途と形状の違い

5.植民地期・独立期の変容と近代の保全政策

 アルジェリアは1830年にフランスの植民地となり、その後急激な都市化が進んだ。植民地期以降、都市の主軸は自動車通行の道路に変わり、無秩序な開発を抑制するための伝統規則が破られて急激な人口拡大が引き起こされた。1962年のアルジェリア独立後も都市の拡大は続き、油田や大規模な地下水源の発見に伴う産業化や農業分野での雇用創出があり、人口が増加した。これにより従来の都市構造や生活様式に大きな変化が生じ、無秩序な都市拡大や環境汚染が問題となった。政府は都市計画マスタープランを策定し、新たな都市建設を試みたが、現代でも交通インフラや環境、オアシス保全の問題が残る。

6.結論

 ムザブの谷はサハラ砂漠の厳しい気候に適応した独自の都市・社会を形成しており、水や緑の資源を効果的に活用してきた。イバード派の信条に基づく質素で平等な都市が築かれ、オアシスは生活の基盤として重要視されてきた。伝統的な水利システムは洪水対策や灌漑に活用され、資源の最適利用がなされてきた。しかし、植民地期以降の近代化や人口増加により都市構造が変化し、無秩序な都市拡大や環境汚染が問題となった。政府は都市計画を策定し、新たな都市を建設したが、交通や環境の課題が残っている。オアシスと水利システムは気候変動に対する持続可能かつ有効なインフラとして保護し、活用していくことが喫緊の課題である。

主要参考文献

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