農地におけるJ-クレジット普及の加速を目指した地図データの活用
土地ポテンシャルの可視化ツール「J-Credit Surveyor」の開発

概要

背景と課題

社会的背景

J-クレジットは、温室効果ガスの排出削減・吸収の取り組みを「クレジット」として国が認証し、売買できるようにする制度です。様々な取り組みがありますが、「水田における中干し期間の延長」や「営農型の太陽光発電」といった方法論が農地の有効活用方法として注目を集めています。

ところが現場では、制度そのものの理解以前に「どの土地でできるのか」「本当に事業になるのか」「土地のオーナーにどう説明すればよいのか」という、実務の“詰まり”が普及を鈍らせています。

課題

農地を対象にしたJ-クレジットでは、推進事業者に次の障壁が存在し普及を阻んでいます。

普及のために必要なモノ

水稲栽培において、水を抜く中干しという期間を設ける過程があります。この中干しをする期間を延長すると土壌から発生する温室効果ガスを削減することができます。

図1 中干しを実施した水田

実際にJ-クレジットの取組として中干し期間の延長を行っている現場でのヒアリングを行い、

  • 農家と行政・事業者のコミュニケーションが難航しやすい
  • 「環境に良いこと」への関心が高い

ということが確認されました。

この結果から、J-クレジットを推進する事業者が“伝わる提案を組み立てられること”と“環境への影響を可視化すること”がJ-クレジット普及に向けて必要な要素だと結論付けました。

研究の目的

事前調査に基づき、この研究では普及の停滞要因である「探索の壁」「評価の壁」「説得の壁」に対し、株式会社NTTデータが提供しているふでまっぷというサービス(https://www.nttdata.com/jp/ja/lineup/bizxaas_map/touki-map/))をベースに、J-クレジット推進事業者の営業現場で使える支援ツールの開発をおこないました。

ふでまっぷにおいて地図上で区画を選ぶだけで、

  • 取得できるJ-クレジットや収益性をその場で示す
  • 環境貢献効果=CO₂削減量を示す
  • 衛星画像で“今その土地が使われているか”まで推定
  • 対話AIで説明を補助する

という一連の流れを支援し、推進事業者の営業プロセスを短縮・平準化することを目指します。

方法

本研究では上述の通り、J-クレジット推進事業者に向けたツール:J-Credit Surveyorの開発を行いました。以下にそれを示します。

ツールの全体構成

ツールは大きく4層で構成します。NTTデータ社の「ふでまっぷ」というサービスに以下の4要素を組み合わせたツールを設計しました。

中核機能①:水田の「中干し期間延長」を区画単位で試算する

  • 地図上で選択した区画が水田かどうかを判別
  • 区画の面積に各種係数をかけて算出したCO₂削減量とクレジット売却益を表示
  • 「環境配慮」と「具体的収益」を同時に提示して導入の意思決定を後押し

図2 土地種判別と中干し期間延長に対する分析プロセス

中核機能②:営農型太陽光発電を区画単位で評価する

  • 区画が「水田」または「畑」であることを判別し、日射量データから年間日照量を抽出
  • 日射量から発電量、収益へ変換。その土地が太陽光発電に適しているかを数値で可視化
  • 複数の収益源を並べて示すことで、「土地の新たな活用法」としての説得材料を増やす

図3 営農型太陽光発電の分析プロセス

中核機能③:衛星画像で“今その土地が動いているか”を推定し、候補地を絞る

  • 過去3年分の衛星画像から休耕地と稼働している水田を学習
  • 教師無し学習法のK-Meansを用いて農地の休耕地を推定
  • 地図上の水田において休耕地を除外して探索コストを下げる

図4 衛星画像による休耕地の分析手法

中核機能④:LLMで「伝わる説明」を作り、営業スキル差を平準化する

  • 生成AIで作成した会話データと農家向けサイトのデータを元に学習したLLMを構築
  • 農家の言葉を理解するコミュニケーションの専門家としてふるまう
  • 共感的・正直・具体的・実行しやすい助言によって営業を支援

図5 コミュニケーションサポートのためのLLMの設計

評価・実証

つくば市の1haの面積の水田でJ-Credit Surveyorによる評価を提示します。

ケース① 中干し期間の延長によるCO₂削減とJ-クレジット

地図上で区画を選択すると以下の情報を提示して、J-クレジット推進事業者は農家さんに参画を促すことができます。

図6 中干し期間延長におけるケースレポート

ケース② 営農型太陽光発電による収益とJ-クレジット

地図上で区画を選択するとその土地が太陽光発電にどの程度適しているのかがスコアで表され、更に以下の情報を示すことで農家さんへの説得材料となります。

図7 営農型太陽光発電におけるケースレポート

成果と提案

成果

農地を利用したJ-クレジットは社会的需要が高まっている一方で、土地の探索・評価・所有者への説得という3つ実務の壁によって普及が中々進んでいません。J-クレジットを推進する事業者はこの壁を超えるためのツールが必要となります。

本研究の成果は「地図データを入口に、探索→評価→説得を一本化した“営業の型”」をツールとして表現したことです。

J-クレジット推進事業者がこのツールを活用して

  1. 衛星画像による稼働農地の判別:有力候補地の狙い撃ち
  2. 地図上で取得できるJ-クレジット・収益性を試算:その場での具体メリット提示
  3. LLMによるコミュニケーションサポート:営業スキル平準化

が可能になります。これらが営業の質と効率を同時に上げ、実務の詰まりを解消できる手段になり得ます。

提案

作成したツールにはまだ課題が残っています。以下の要素を改善することでツールとしてより実用的になると考えています。

  • 計算ロジックの精緻化:条件入力の追加、制度要件の反映、係数の見直し
  • 画像認識の判定精度向上と多機能化
  • LLM学習データの拡充と他機能データとの連携による対話品質の底上げ

後記

試行錯誤から始まったテーマづくり

今回の取り組みは、最初から完成形が見えていたわけではありませんでした。出発点は「地図データを元に、何ができるだろう?」というシンプルな問いです。一見何でもできそうに見える分だけテーマが散りやすく、最初の数週間は右往左往していました。そこで私たちは、発散と収束のフェーズを明確に区切り、多数決で決めるのではなく“できるだけ統合する”方針で議論を進めました。時間はかかりましたが、地図・農業・社会的インパクト・画像解析・AIという各自の関心を「足し算」ではなく、一つのストーリーに編み直せたことが、最終的に良いテーマにまとまった最大の理由だと思います。

チーム運営と進め方の工夫

プロジェクトは、企業の方・データサイエンティスト・指導教員を交えた毎週の定例ミーティングを軸に進捗確認と論点整理を継続しました。加えて、学生同士のミーティングも2週に一度実施し、実装の詰め、レビュー、役割間のすり合わせを丁寧に回しました。多様なメンバーがいるほど「良いアイデア」は増えますが、「決めないと進まない点」も増えます。そこで、定例では意思決定すべき項目を常に意識し、学生ミーティングで決めるための材料を作る二段構えにしました。議論が発散したときはWBSに戻り、最優先で潰すべき不確実性は何かを確認する。プロマネの指導も受けながら、この往復でチームとして機能する状態を保てました。
役割分担も結果としてうまくはまりました。地図・データ分析・実装・コミュニケーションと必要なピースが多いテーマだったからこそ、得意領域ごとに担当を明確にし、「誰が何を決めるか」まで整理したことが効きました。

現場とデータから得た学び

半年間の中で転換点もありました。盛り込みたい要素を増やすほどプロダクトがぼやける、という壁に直面し、機能を足す前に“誰の、どの需要に、どう対応するか”を固定しないと中途半端になることを痛感しました。現地を訪れて生の声を聞けたことでそれに気づき、ターゲットを「農家向け」ではなく「推進事業者向けの営業支援」に切り替えたことが、結果的に大きな転換点となりました。異分野メンバー間の議論、実社会の方々との対話、データでの検証を往復することで、机上の正しさだけではなく「現場で回る納得感」に近づけたと思います。バックグラウンドが違うからこそ出てくる問いや視点は刺激的で、仮説が提案へ変わっていく過程には確かな手応えと楽しさがありました。

助言と謝辞

今後こういった研究機会がある方への助言を二つ挙げるなら、第一に「問題設定に時間をかけることは遠回りではなく最短距離になり得る」ということです。ただし無制限に検討するのではなく、発散フェーズの期間をあらかじめ決めると良いです。第二に「現地に行き、実務の方と話す」ことを怖がらないことです。1回の対話が方向性を大きく変えることがありますし、生の声からしか得られない気づきがあります。
本研究では多くの方々にご指導・ご協力をいただきました。お忙しい中、毎週の定例ミーティングにご参加いただいたNTTデータの皆様、データサイエンティストの鷺森様、そしてご指導くださった飛田先生と謝先生のおかげで、プロジェクトを前に進めることができました。また高解像度の航空写真をご提供いただいたNTTインフラネット社にも御礼申し上げます。分析方法の都合で写真自体の活用はできませんでしたが、画像解析をする上で大変勉強になりました。

プロジェクトに関わっていただいた皆様に深く感謝申し上げます。

リファレンス

[1] Bolinger, M., & Bolinger, G. (2022). Land Requirements for Utility-Scale PV: An Empirical Update on Power and Energy Density. IEEE Journal of Photovoltaics, 12(2), 589–594. https://doi.org/10.1109/JPHOTOV.2021.3136805

[2] Dobos, A. P. (2014). PVWatts Version 5 Manual. National Renewable Energy Laboratory (NREL).

[3] Gonocruz, R. A., Nakamura, R., Yoshino, K., Homma, M., Doi, T., Yoshida, Y., & Tani, A. (2021). Analysis of the Rice Yield under an Agrivoltaic System: A Case Study in Japan. Environments, 8(7), 65. https://doi.org/10.3390/environments8070065

[4] 農林水産省 農産局農業環境対策課 (令和7年5月). 『「水稲栽培における中干し期間の延長」のJ-クレジット制度について(方法論AG-005 解説資料)』. 水稲栽培における中干し期間延長のJ-クレジット制度

[5] 農林水産省 (令和7年5月版). 『J-クレジット制度を活用して 稲作の「中干し期間延長」に取り組んでみませんか?』