研究の概要

背景と課題
- 近年社会全体で男女格差の議論が活発化しており1)、その是正の必要性が高まっている。
- 都市における人々の行動においても男女格差が生じている可能性がある。
- 男女の行動格差を是正するための効果的な施策が求められるが、まずは都市において生じている男女の行動格差の実態を実証的に解明する必要がある。
- 都市において男女格差が生じている可能性がある具体的な場面:「ラストワンマイル」
- 「ラストワンマイル」:夜間帰宅ルートのうち、最寄り駅から自宅に帰る際に生じる移動(図1)
- ラストワンマイルは、徒歩・自転車による移動が多く、性犯罪の被害リスクが高く2)、日々避けられない移動であるという特徴を持つ。

そこで本研究では
①人々の「ラストワンマイル」における移動特性を男女差の視点から明らかにすること、
②人々の「ラストワンマイル」における道路幅員や土地利用の特徴を、男女差の視点から明らかにすること
を目的とする。
使用データ
位置情報データ
- 都市における人々の実際の移動を捉えるため、スマートフォンのアプリから取得したGPSログデータを用いる。
- useridによって個人の移動を追跡することが可能となっている。(表1)
- データにはポイントの位置情報(緯度・経度等)のみならず、アプリ内のアンケートより収集した個人属性や、居住地や勤務地の大まかな位置が含まれている。(表2)
- 対象地について、ラストワンマイルは駅から自宅までの帰宅ルートであるため、鉄道網が最も発達しており、大規模な中心業務地区が広がっているエリアが好ましい。そこで本研究では、東京駅から半径50km以内の駅をラストワンマイルの起点としている移動を対象とする。
- 対象日は2023年10月3日17時から10月4日5時までの半日分とする。


道路幅員・土地利用データ
- 道路幅員のデータは、国土交通省国土地理院の数値地図(国土基本情報)3)から入手した道路中心線データ(2024)に記載されているものを利用する。
- 土地利用のデータは、国土数値情報ダウンロードサイト4)より入手した、都市地域土地利用細分メッシュ(2021)と各都県から提供された令和6年度都市計画基礎調査を組み合わせて利用する。
データ分析
ラストワンマイルの抽出方法
- ラストワンマイルの抽出は以下の手順に沿って行った。(図2)
- 駅から自宅までのポイントの抽出
すべてのGPS測位点から、駅を起点とし自宅が終点となっている一連のポイントを抽出した。 - マップマッチング
GPSの誤差による位置のずれを避けるため、ポイントを道路中心線上に乗せるマップマッチングを行った。(ArcGIS Proのsnap tracks toolを使用) - ネットワーク解析
道路中心線上のポイントを時間順に通る最短経路を検索し、正確な距離を計測した。(ArcGIS Proのネットワーク解析を使用)
- 駅から自宅までのポイントの抽出
- 抽出したラストワンマイルについて5つの移動特性(移動開始時刻・移動終了時刻・移動時間・移動距離・迂回率)における男女差について明らかにするため階層的重回帰分析を行った。(表3)


道路幅員や土地利用データの処理
- 抽出したラストワンマイルのラインデータと、道路幅員や土地利用のデータを以下の手順に沿って関連付けた。
- 都市的要素によるラストワンマイルの切断
道路幅員や土地利用のデータによって、ラストワンマイルのラインデータを切断した。
切断した各ラインに、道路幅員や土地利用の情報を付与した。(図3) - 経路全体に占める都市的要素の割合の計算
切断する前の経路全体の長さに占める道路幅員や土地利用の割合を計算した。 - 都市的要素によるラストワンマイルの類型化
計算した割合を指標としてクラスター分析を行い、ラストワンマイルを類型化した。
- 都市的要素によるラストワンマイルの切断
- 道路幅員や土地利用によって類型化されたラストワンマイルについて、男女差との関連を明らかにするため、多項ロジスティック回帰分析を行った。(表4)


成果と提案
ラストワンマイルの移動特性における男女差
- 男性と女性では女性の方が15分程度早く移動を開始・終了していることが明らかになった。また、女性は子供と同居していることで追加的に1時間以上、移動開始・終了時刻が早くなることが明らかになった。(表5,6)
- 男性と女性では女性の方が移動時間・移動距離共に、短い傾向があることが明らかになった。一方で、女性は子供と同居していることで移動時間が長くなることが明らかになった。(表7,8)
- 男性と女性では女性の方が迂回をしない傾向があることが明らかになった。一方で、女性は子供と同居していることで迂回をする傾向があることが明らかになった。(表9)





ラストワンマイルにおける道路幅員・土地利用と男女差
- 経路全体に占める道路幅員の割合によってラストワンマイルを類型化したところ、5つのクラスターに分類された。(図4)
- 道路幅員クラスターを従属変数とした多項ロジスティック回帰分析から、女性はラストワンマイルにおいて幅員の広い道路を通行し、幅員の狭い道路を通行していない傾向があることが明らかになった。一方で、女性は子供と同居していることで、狭路クラスターに分類される確率が高くなるという結果も得られた。(表10)


- 経路全体に占める土地利用の割合によってラストワンマイルを類型化したところ、5つのクラスターに分類された。(図5)
- 土地利用クラスターを従属変数とした多項ロジスティック回帰分析から、女性はラストワンマイルにおいて空地が広がるエリアや低層住宅地が広がるエリアを通行していないという結果が得られた。(表11)


まとめ
- 本研究では、GPSログデータを用いて夜間帰宅時のラストワンマイルにおける男女差の実態解明を行った。その結果、都市における実際の行動場面において、男女の行動に格差が生じていることが明らかになった。
- ラストワンマイルの移動特性においては、女性の方が発生時間帯が早く、移動時間や距離が短く、迂回をしていないという結果が得られた。さらに、女性は子供と同居することで、発生時間帯が追加的に1時間以上早くなるという結果も得られた。
- 道路幅員や土地利用と男女差との関連については、女性は幅員の狭い道路を通行していないことや、空地や低層住宅地が広がるエリアを通行していないことが明らかになった。
- 本研究の大きな貢献としては、都市で生じる男女の行動格差を具体的な数値で示したことと、男女の行動格差の背景に社会的な男女の役割分担と都市的な要素があることを示したことが挙げられる。
- これにより、具体的な施策を行う際の問題への理解の精度向上が期待できる。また、都市的な要素へのアプローチによって男女の行動格差を是正することができる可能性を示したこととなる。
後記
- 今回の研究で使用した位置情報データはとても大規模なもので、データの処理やラストワンマイルの抽出にとても苦労しました。毎日のように研究室に通い詰め、根気強くデータと向き合い、なんとか結果を得ることができました。大変でしたがとても良い経験ができたと思います。
- 大学4年生になり、初めて研究というものに触れ、右も左もわからない状態からスタートしましたが、雨宮先生を初めとした様々な方からご助言をいただき、無事に論文を書き上げることができました。この場を借りて改めてお礼申し上げます。
レファレンス
1) World Economic Forum (2024). “Global Gender Gap Report 2024”, https://www.weforum.org/publications/global-gender-gap-report-2024/, 2025/3/9最終閲覧.
2) 警視庁子ども・女性の安全対策に関する有識者研究会 (2017) 警視庁子ども・女性の安全対策に関する有識者研究会提言書,pp.14-28, https://www.keishicho.metro.tokyo.lg.jp/kurashi/anzen/anshin/kodomo_josei_anzen.html, 2025/3/9最終閲覧
3) 国土交通省国土地理院 (2025) 数値地図(国土基本情報), https://www.gsi.go.jp/kibanjoho/kibanjoho40027.html, 2025/1/15最終閲覧.
4) 国土交通省 (2025) 国土数値情報ダウンロードサイト, https://nlftp.mlit.go.jp/, 2025/1/15最終閲覧.