研究の概要

背景と目的
つくば市が運営する公共シェアサイクル「つくチャリ」は、市内の公共交通を補完する移動手段として位置づけられている。実証実験期間を経て、2024年10月から本稼働に移行した結果、利用回数は前年比188%と大きく増加した(図1)。
一方で、本稼働に伴いポート数は20か所から49か所へ、自転車台数は約60台から約100台へと拡大し、運営費用の増大によって市負担額が拡大するという新たな課題が生じた(図2)。2025年4月以降には自転車台数を一時的に約70台まで減らしたものの、利用回数は引き続き増加傾向を示している。
この状況から、単純な車両台数の増減や利用状況だけではなく、「どのポートに、いつ、何台配置するか」という再配置の運用が、利用機会と収支の双方に大きな影響を与えている可能性が示唆された。
本ケースでは、限られた自転車台数のもとで利用機会の損失を抑え、持続可能な運営につなげるための再配置のあり方について検討する。


データ分析
利用データ
下記のデータを分析し施策を検討した。
| データ(期間) | 提供元・参照元 | データ概要 |
| 利用データ (2024/10/1~2025/9/30) | つくば市サイクルコミュニティ推進室 | 利用タイムスタンプ、利用ポート、車両ID、返却タイムスタンプ、返却ポート |
| ポート別在庫データ (2025/6/9~2025/9/30) | ecobike株式会社 | 1時間ごと タイムスタンプ、ポート、利用可能数、返却可能数 |
| 降水量 | 気象庁 | 1時間ごと タイムスタンプ、降水量 |
| 終電・終バスの時刻 | つくばエクスプレス、関東バス | 終電、終バスの時刻 |
利用実態
発着ポートの偏り
全49ポートの利用実績を分析した結果、つくば駅および研究学園駅の2駅に利用が集中しており、全体の約7割を占めていることが分かった(図3)。一方で、その他のポートでは利用と返却のバランスが取れておらず、在庫不足や過剰在庫が発生しているポートが存在していた(図4)。


時間帯・曜日別の利用特性
利用需要が時間帯によってどのように変化しているかを把握するため、全ポート合計の時間帯別利用回数を集計した。その結果、朝夕の通勤・通学時間帯に利用が集中していることに加え、21時以降の夜間においても一定の利用が継続していることが確認できる。この夜間需要は、再配置のタイミングを検討する上で重要な示唆を与えている(図5)。
曜日ごとの利用傾向を確認するため、曜日別の平均利用回数を算出した。その結果、金曜日は他の曜日と比べて平均利用回数が高く、全体として利用が集中する傾向が確認された(図6)。


季節と降水量による利用変化
本分析では天候要因を考慮していない。図7に示すように降水時は利用回数が減少する傾向があり、天候が交絡要因となっている可能性がある。ただし、分析期間の93%は降水量0mmの時間帯であったため(図8)、結果への影響は限定的と考えられる。より精緻な分析には、天候を制御変数として含めることが望ましい。


ポート特性に応じた分析と再配置の必要性
ポートごとの多様な利用実態を把握するため、時間帯別の利用・返却、および在庫増減の推移を詳細に可視化した(図9) 。本分析では、時間帯別の入出庫パターンの形状に基づき、著者の定性的な判断によって全49ポートを駅型、勤務地型、住宅地型など計6つのカテゴリーに分類した 。
この分類の結果、ポートごとに需要が発生するタイミングや在庫の偏り方に明確な差異があることが確認された 。この事実は、全ポートに対して一律の再配置を行うのではなく、各カテゴリーの特性に応じた「適時・適量」な配置計画の運用が不可欠であることを示唆している。

空車による機会損失(つくば駅)
在庫データと利用データを突き合わせた分析から、多くのポートで「自転車があれば利用されていたと考えられる時間帯」、すなわち空車による機会損失が発生していることが確認された。特につくば駅では、夜間に短時間で連続して利用が発生し、その後すぐに空車になる事例が複数確認された(図10)。

(2025.7.5の例)
全ポートを対象に、時間帯別の空車時間割合を算出した(図11)。平均すると、全体の4割以上の時間でポートが空車状態になっており、利用機会の損失が構造的に発生していることが示された。この空車時間に着目することが、潜在需要を推定する上で重要となる。

始発便・最終便の時刻
つくば駅における公共交通機関の接続を確認すると、早朝・深夜帯に大きな「空白の時間帯」が存在する。 早朝、つくばエクスプレス(TX)の始発便は5:06に出発するが、路線バスの始発便がつくばセンターに到着するのは6:30であり、約1時間20分の時間差がある。 また、夜間も路線バスの最終便(22:00発)からTXの最終便(0:43着)までには約2時間40分の空白が生じている。 これらのバスが運行していない時間帯こそが、公共交通を補完する「つくチャリ」の需要が最も高まるゴールデンタイムであると考えられる。
| 路線・方面 | 始発便 | 最終便 |
| 路線バス(つくばセンター着・筑波大学循環) | 6:30(着) | |
| つくばエクスプレス(つくば駅発) | 5:06(発) | - |
| つくばエクスプレス(つくば駅着) | - | 0:43(着) |
| 路線バス(つくばセンター発・各方面) | - | 22:00(発) |


評価・実証
課題設定
データ分析の結果、つくば駅周辺の利用需要は21時以降の深夜帯にも一定数存在することが明らかになった 。しかし、従来の運用では再配置を深夜0時以降に行っており、需要のピークが過ぎた後に車両が供給される形となっていた 。 つまり、再配置のタイミングが実際の利用需要のピークと一致しておらず、夜間の最も自転車が必要とされる時間帯に「在庫切れ」による機会損失が発生していることが大きな課題である 。
潜在需要の推定
本プロジェクトでは、ポートごとの「空車時間割合」に着目し、潜在需要を推定する手法を採用した。各ポート・各時間帯において、実際の利用回数と在庫が存在していた時間の割合を用い、「在庫が常にあったと仮定した場合の利用回数」を潜在需要として算出する。
1.ポート別リアルタイムの在庫数
時刻 t におけるポート i の推定在庫数Bi(t ) は、以下の式で算出する(図12)。

2.空車時間(Stockout時間)と割合
各ポート・各時間帯において、利用者が自転車を借りようとしても在庫がなく、利用機会の損失が発生していた可能性のある時間を測定する。本分析では、先述のリアルタイム在庫 Bi (t )が0以下となった状態を在庫切れ(Stockout)と定義し、その時間帯 t におけるポート i の空車時間割合Si,t は、以下の式で定義する(図13)。

3.潜在需要(利用) Di,t の推定
在庫切れが発生していた時間帯にも、在庫があった時間帯と同じ頻度で需要が発生していたと仮定し、機会損失を含めた潜在需要 Di,t を以下の式で推定する(図14)。

潜在需要モデルによる推定結果(つくば駅と研究学園駅)
各ポートの空車時間割合を用いて、在庫が常に存在したと仮定した場合の潜在需要を推定した。その結果、全ポート合計の潜在需要は実際の利用実績の約170%に相当することが分かった。これは、再配置の工夫によって利用回数を大きく増加させられる可能性があることを示している。
この潜在需要モデルをつくば駅と研究学園駅の21時の在庫と21-25時の利用回数の散布図を作ることで検証した(図15)。


成果と提案
再配置時間帯の見直し提案
つくば駅と研究学園駅では、19時を過ぎるとポート在庫が減り始めるが、翌早朝には返却があり在庫が増えている(図16)。

潜在需要分析から、特に21時以降の夜間に在庫不足が顕著であることが明らかになった(図17)。

そこで、従来の深夜帯ではなく、21時に再配置を行うことを提案する。
ポート別の理想的な再配置台数
全ポートに最低1台は配置するという制約条件の下で、潜在需要と空車発生までの時間を考慮し、ポートごとの目標再配置台数を設定した。駅周辺ポートには相対的に多く、駅需要の代替となる周辺ポートにはやや少なめに配分する構成とした(図18)。

潜在返却の推定
図18に示した理想的な再配置によってシステム全体の利便性が向上した場合、各ポートに戻ってくる自転車がどの程度増えるか(潜在返却)を推定する。ここでの推定ロジックは、「ポート i への返却数は、出発ポートでの在庫状況に依存する」という考え方に基づく。他ポートで在庫切れが発生していると、ユーザーは自転車を借りられず、結果としてポート i への返却も発生しない。そのため、全ポート平均の在庫充足率(在庫があった時間の割合)を用いて、システム全体で在庫切れがなかった場合の返却数を推定した(図19)。

理想の再配置による在庫シミュレーション(全ポート)
潜在需要分析の結果を踏まえ、再配置時間帯を従来の深夜帯から21時に変更した場合の影響をシミュレーションした。その結果、夜間の在庫不足が緩和され、利用機会の損失が減少することが確認された(図20)。

効果の試算(週2回、月曜と木曜の21:00に再配置をした場合)
再配置を週2回(月曜・木曜)の21時に実施すると仮定した場合の効果を試算した。
週間利用回数は約1,724回となり、現状比で約63%の増加が見込まれた。年間収支差額に換算すると約572万円の改善効果が期待でき、市負担額の大幅な縮小につながる可能性が示された。
○週間利用数:262.3回/日 × 6日 + 150.8回/日 × 1日 = 1,724回/週(163.3%)
○年間事業収益 : 903万円/年(推定値) × 163.3% = 1,475万円/年
○年間収益差額 :1,475万円/年 - 1,569万円 = ▲94万円/年
現状▲666万円/年(見込み)から 572万円/年の改善
後記
本研究は、MDAトップ人材養成特別演習の一環として多国籍の学生数名のグループで行ったものです。学生ミーティングはオンラインで24回行われ、指導教員の浦田先生、データサイエンティストの塩崎先生(大妻女子大学)、および支援教員の秦先生(東京理科大学)とつくば市サイクルコミュニティ推進室の中村様、柳田様が同席する全体ミーティングを10回行いました。当初はあらゆる解決策を模索しましたが、つくば市が実際にすぐに取り組めそうなテーマがなにかを議論した上で、再配置の時間帯変更に照準を定めていきました。
本ケースの分析から、つくチャリにおける主要な課題は自転車台数の不足そのものではなく、「再配置のタイミングと配分」にあることが明らかになってきました。潜在需要を考慮した再配置を行うことで、大きな追加コストをかけることなく利用回数と収益性を改善できる可能性があります。とはいえ、実際に再配置するのは人であり、理想の再配置をこなせるかどうかは今後の検討課題になります。
福田:秋からリーダーを引き受けました。高度な数学を使ったシミュレーションなどはやったことがなかったので、はじめは不安でしたが、塩崎先生に「そのやり方でいいです」と励まされて大いなる勇気を得ることができました。また、リーダー引継ぎ途上で混乱しているときに、つくば市の中村様がパワーポイント10枚程度の詳細資料を作っていただき、このプロジェクトをやり遂げる責任感が湧いたことも大きな動機になりました。社会人学生の身としては、筑波大学の大学院ではここまで丁寧なご指導をしていただけるということにも感動の連続でした。ご指導いただきました皆様に深く感謝申し上げます。
DAI:プロジェクトを最初に引き継いだとき、市負担額がコストと密接に関連していることに気づきました。費用の大部分は車両の修理や購入にかかっていることを理解しました。我々の提案による再配置に加えて、これらのコストも含めて、コストを下げることができれば、今後のサービス範囲の拡大や収益改善に大いに役立つのではないかと思いました。
参考文献
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- Ma, X., Yin, Y., Jin, Y., He, M., & Zhu, M. (2022). Short-term prediction of bike-sharing demand using multi-source data: A spatial-temporal graph attentional LSTM approach. Applied Sciences, 12(3), 1161. https://doi.org/10.3390/app12031161
- Lin, L., He, Z., & Peeta, S. (2018). Predicting station-level hourly demand in a large-scale bike-sharing network: A graph convolutional neural network approach. Transportation Research Part C: Emerging Technologies, 97, 258–276. https://doi.org/10.1016/j.trc.2018.10.011
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