研究の概要
背景と課題
- COVID-19流行により、テレワークなどのオンラインサービスの利用が急速に進み、生活行動が大きく変容した。それに伴い、東京圏居住者では流行前よりも地方移住に関心を持つ人が増えており[1]、ポストコロナでは東京一極集中が是正されることが期待されている。
- 実際に、安倍元内閣総理大臣は記者会見で「集中から分散へ、日本列島の姿、国土の在り方を、今回の感染症は、根本から変えていく、その大きなきっかけであると考えています。」と発言している。[2]
- 一方で、こうした居住地の分散の行き先としては「地方」だけでなく、「郊外」となる可能性が谷口・岡野(2021)[3]によって指摘されている。
- 実際に各都道府県のコロナ禍前後での転入出実態について見ると、コロナ禍が始まった2020年以降では東京都の転入超過数は減少傾向にあるものの、その行き先は東京都周辺の県となっていることがわかる。(図1)(図2)[4][5]
- 従って、人口の「郊外への分散」が大きく進んでいることがわかる。これは郊外地域において都市計画の整備が十分に及んでいない地域への転入者の増加という居住地のスプロール的拡散を引き起こす可能性も想定される。
図1 関東1都6 県における過去10 年間の転入超過数の推移
図2 関東6 県における過去10 年間の東京都に対する転入超過数の推移
そこで、本研究では
- 東京都郊外の中でもコロナ禍で特に選択されやすかった地域はどこか?
- コロナの影響を受けた東京都郊外への転居はどのような要因によって発生したのか?
- 2のような転居を行った人は転居先にどこに何を求めて転居したのか?
という観点から「郊外への分散」の実態を明らかにし、今後の都市構造のあり方を考える上で必要となる情報を提供する。
使用データ
1.東京都郊外の中でもコロナ禍で特に選択されやすかった地域はどこか?
・総務省統計局が実施している住民基本台帳移動報告[6]を利用
2.コロナの影響を受けた東京都郊外への転居はどのような要因によって発生したのか?
3.2のような転居を行った人は転居先にどこに何を求めて転居したのか?
・独自アンケート調査を実施(表1)。
・転居者をコロナの提供で居住地や住居に求めるものが変化し、それを転居に反映させた
人を「反映」の転居、そうでない転居を「その他」転居としてコロナの影響の有無を
区別してサンプルを回収している。
⇒これにより東京都郊外にコロナの影響を反映させて転居した人の特徴をそうでない人
と比較した分析をすることを可能にしている。
表1 アンケート調査概要
データ分析
【分析方法】
1.東京都郊外の中でもコロナ禍で特に選択されやすかった地域はどこか?
・各市区町村の(2020年転入超過数)-(2019年の転入超過数)を算出し、値が大きい
自治体の特徴を明らかにする。
2.コロナの影響を受けた東京都郊外への転居はどのような要因によって発生したのか?
・転居者の個人属性、世帯属性、住居属性を説明変数とし、「反映」の転居か
「その他」転居かを目的変数とした数量化Ⅱ類分析を実施することで、
「反映」の転居の実施の引き金を明らかにする。
3.2のような転居を行った人は転居先にどこに何を求めて転居したのか?
・各サンプルの転居先の郵便番号界の居住地特性(土地利用、交通利便性、人口密度など)
を主成分分析で集約し、クラスター分析で転居先を類似した居住地特性ごとに類型化
・類型ごとに転居者のメンタリティ(転居時の重視項目、転居理由)の特徴を把握する
⇒居住地特性で分類することで、都市構造ごとのコロナ禍での選ばれ方の関係性を
確認することができる
【分析結果】
1.東京都郊外の中でもコロナ禍で特に選択されやすかった地域はどこか?
・東京都心から20~80km圏内の市区町村においてコロナ禍において転入超過数が増加している地域が
見られる。(図3)
・特に特に500人以上転入超過数が増加している地域を見ると、東京都心へ乗り換えなしでアクセスする
ことのできる路線が通っている傾向があるとわかる。(図3)
図3 各市区町村における転入超過数(2020 年)の転入超過数(2019 年)からの増加数
2.コロナの影響を受けた東京都郊外への転居はどのような要因によって発生したのか?
・「年齢」「世帯内最大在宅勤務回数(転居前)」「職種」「転居前後での世帯構成の変化パターン」
「住居の種類(転居前)」「世帯年収」が「反映」の転居の実施に与えた影響が
比較的大きいことがわかる。(図4)
・勤務や通勤形態に比較的融通が利きやすいと考えられる「管理的職業従事者」で
「反映」の転居を実施した傾向や世帯年収が低い世帯で「その他」転居となる傾向など、
コロナ禍での社会変化に対応した転居実施には格差があることも示唆された。(図4)
図4 「反映」の転居実施に寄与する要因分析
3.2のような転居を行った人は転居先にどこに何を求めて転居したのか?
・回答者の転居先をクラスター分析で10分類した(表1)※主成分分析の結果は図5の通り
・「反映」の転居で特別選択されやすかった類型は見られなかった。(図6)
・「反映」の転居では、アクセス・交通利便性を重視している傾向があることがわかる。(図7)。
⇒都心へ乗り換えなしでアクセスできるような市区町村ではコロナ禍で転入超過数が
増加している傾向(図3)と合致している。
・加えて、居住地周辺印象・安全性、3密の回避を重視している傾向があることがわかる。(図7)
⇒「反映」の転居と「その他」転居では同じような居住地特性の地域に対して
異なった捉え方をしている傾向があることがわかる。
転居者が増加することでスプロールにつながる可能性のある類型I:調整区域型における
転居者のメンタリティの特徴を見ると…
✓「反映」の転居では他の類型に比べ自動車利便性やコロナ感染リスクが低い地域
であることを重視して転居している傾向があることが明らかとなった
図5 郵便番号界の居住地特性による主成分分析
表2 転居先類型ごとの主成分得点の平均値と用途規制・土地利用(農地・森林)
面積割合(%)の平均値
図6 転居先類型ごとの「反映」の転居の構成割合
図7 「反映」の転居・「その他」転居における転居先類型ごとの各項目を重視する人の割合
成果と提案
本研究ではコロナ禍で発生している人口の「郊外への分散」の実態について以下のことを明らかにした。
- 東京都心から20~80km圏内でかつ東京都心へ乗り換えなしでアクセスすることのできる路線
が通っている市区町村がコロナ禍で選択されやすい傾向があること - 「反映」の転居実施に主に職種、世帯年収、在宅勤務実施回数(転居前)が影響していること
⇒コロナ禍での社会変化に対応した転居実施には格差があることが示唆された - 「反映」の転居と「その他」転居では同じような居住地特性の地域に対してでも求めるものに
差異があり、転居先に対する認識が異なっていること
本研究の成果は、「郊外への分散」を引き起こした転居は交通利便性やアクセスを重視した転居が多いことは望ましい動きだが、3密回避などを求めて調整区域へ転居する動きは憂慮すべき動きである
といった価値判断につながると考えられる
⇒本研究で明らかにした転居の発生要因やメンタリティの特徴に基づいた転居先選択のマネジメントが必要
となる可能性が考えられる
レファレンス
[1]内閣府:第 3回新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査, https://www5.cao.go.jp/keizai2/wellbeing/covid/pdf/result3_covid.pdf,最終閲覧2022.11.
[2]首相官邸:令和 2年 6月 18日安倍内閣総理大臣記者会見, https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2020/0618kaiken.html,最終閲覧 2022.11.
[3]谷口守 ・ 岡野圭吾 分散型国土とコンパクトシティのディスタンス,- COVID-19下での国土・都市計画に対する試論-,土木学会論文集 D3(土木計画学 Vol.77,No.2,pp.123-128,2021.
[4]総務省統計局:住民基本台帳人口移動報告 2020年結果,結果の概要, https://www.stat. go.jp/data/idou/2020np/jissu/pdf/gaiyou.pdf,最終閲覧 2022.11.
[5]総務省統計局:住民基本台帳人口移動報告 2021年結果,結果の概要, https://www.stat. go.jp/data/idou/2021np/jissu/pdf/gaiyou.pdf,最終閲覧 2022.11.
[6]総務省統計局:住民基本台帳人口移動報告, https://www.stat.go.jp/data/idou/index.html,最終閲覧 2022.11.
この記事は、下記の論文を要約したものです。
武田陸(2022) COVID-19 がもたらした「郊外への分散」の実態解明-発生要因と転居先の選び方に着目して-,2022年度筑波大学大学院博士課程システム情報工学研究群修士論文
後記
- コロナ禍においても対面での学会発表やゼミ合宿の機会を得ることができ、大変貴重な経験をすることができました。また、そうした場では様々な先生方、学生の皆さんから様々な角度から有益なコメントを頂くことができ、納得いく修士論文を作成することに繋がりました。