活動記録の概要

背景と課題
- 近年では豪雨災害が頻発化しており、災害時に自ら避難することが困難な高齢者や障害者(以降、要支援者)を救うことが社会的な課題となっている
- 災害時の避難支援を実効性あるものとするため、令和3年度には災害対策基本法の一部が改正され、市町村には、個別避難計画の作成が努力義務化された1)
- 個別避難計画の作成では、要支援者に対して、彼らを支援する方(以降、支援者)、避難先、移動手段などを検討することが規定されている
- 従って、今後市町村には、個別避難計画の作成を通じて、避難支援体制の構築を推進することが期待されているといえる2)
- 一方、要支援者一人ひとりに対して支援者数が充足しているか、地域社会単位で支援者数が充足しているかの報告事例は少なく、これらの結果を可視化・共有することは、今後市町村の参考になると考えられる
- そこで本プログラムでは、市町村の内部データを用いて、要支援者に対する支援者の充足度合いを推定・可視化し、避難支援体制の構築を検討する上での参照情報を示すことを目的とした
パートナー情報
- 本プログラムでは、執筆者、異分野の学生2名、常総市役所の防災担当職員1名、実社会のデータサイエンティスト1名、システム情報系教員1名の計6名からなるチームを作り、実効性のある問題解決策の提案に向けて、3ヶ月間のグループワークに取り組んだ
- 常総市は、平成27年9月の関東・東北豪雨で被災し、市域の約3分の1が浸水し、4200人を超える市民が逃げ遅れたとされている3)
- これを教訓として、常総市は防災先進都市を目指し、マイ・タイムライン作成支援、個別避難計画作成モデル事業などの取り組みを行ってきた4)
- また、令和5年度には条例を一部改正し、避難支援に関わる方々に対して、要支援者に関する情報を平常時から提供できるように定めた5)
使用データ・手法
要支援者一人ひとり及び地域社会単位で、支援者数の充足度合いを推定し、結果を可視化した
使用データ
- 要支援者の住所・身体状況・世帯人員・支援者(家族以外)に関する情報は、常総市役所より、避難行動要支援者名簿及び個別避難計画のデータを提供いただき、把握を試みた
- 要支援者の身体状況毎(10区分)に必要となる支援者数は、常総市内の福祉事業所職員に対してヒアリング調査を行い、各区分で必要となる支援者数を調査し、それらの対応関係を整理した
充足度合いの推定
- 要支援者一人ひとりに対して、避難支援が可能な人数、必要となる支援者数をそれぞれ算出した
- 避難支援が可能な人数は、世帯人数・支援者に関する情報を用いて推定した
- 必要となる支援者数は、身体状況に関する情報と対応関係の整理結果を踏まえて推定した
- 以上の結果を差し引くことで、支援者数が充足しているか不足しているかの判別を行った
- また、支援者数が不足していると判別された要支援者に関しては、追加で何名の支援者数が必要となるかを算出した
結果の可視化
- 上記で推定した結果を踏まえ、常総市全体での支援者の充足度合いの結果を可視化した
- また、支援援者が不足している要支援者に着眼し、追加で必要となる支援者数を地区別に集計すると共に、自治区長・民生委員名簿を用いて彼らの人数を地区別に集計し、両者の人数を比較・可視化した
データ分析
常総市全体での支援者数の充足度合いの実態
- 図2より、常総市全体の338名のうち、概ね8割の要支援者は支援者数が充足していた一方、約2割の要支援者は支援者数が不足していることがわかった
- 図3より、支援者数が不足していた要支援者69名の内訳を見てみると、追加で1名必要となる方の割合が約6割と最も高くなった一方、追加で3名必要となる方も約1割存在していることがわかった


地区別での支援者数の充足度合いの実態
- 図4より、常総市内の全14地区において、自治区長・民生委員の人数、追加で必要となる支援者数の結果を比較・可視化した
- その結果、13地区では、自治区長・民生委員の人数は、追加で必要となる支援者数を上回ることがわかった
- 一方、地区Fでは、自治区長・民生委員の人数は、追加で必要となる支援者数を下回ることがわかった
- 従って、地区Fに居住する一部の要支援者に関しては、必要となる支援者数を家族又はそれ以外から確保できておらず、地域社会の中の自治区長及び民生委員を支援者として確保することが困難であることが示唆された

成果と提案
- 本プログラムでは、常総市役所の内部データ及びヒアリング調査結果を用いて、要支援者に対する支援者の充足度合いを推定し、その結果を可視化した
- その結果、常総市内の一部の地区では、地域社会の中で支援者を確保することが困難であることが示唆され、今後当地区で避難支援体制を構築する上では、近隣地区又は公的機関から、追加で支援者を増員することを検討する必要がある
- なお、今回は比較的なシンプルな方法(既存のデータとヒアリング結果の組み合わせ)で計算を行っており、市町村の中で要支援者に関する内部データが整備されていれば、担当職員が自ら本分析を行う手も考えられる
- 一方、要支援者と支援者とのマッチングの最適化、避難時間の短縮方法を検討するには、数理最適化・シミュレーションといった手法を用いることが有用と考えられる
- 今後、市町村の保有するデータを用いて、データサイエンスのアプローチを駆使し、より実効性のある避難支援体制の構築方策が提案・実装されることを願う
レファレンス
1)NHK明日をまもるナビ:個別避難計画 高齢者・障害者を助けるために,https://www.nhk.or.jp/ashitanavi/article/7224.html,最終閲覧2024.2.
2)内閣府政策統括官(防災担当):避難行動要支援者の避難行動支援に関すること,https://www.bousai.go.jp/taisaku/hisaisyagyousei/yoshiensha.html,最終閲覧2024.2.
3)常総市水害対策検証委員会(2016):平成27年常総市鬼怒川水害対応に関する検証報告書,https://www.city.joso.lg.jp/data/doc/1674176111_doc_6_0.pdf,最終閲覧2024.2.
4)常総市役所:防災先進都市を目指す常総市の取り組み,https://www.city.joso.lg.jp/kurashi_gyousei/kurashi/bousai_koutsu/bousai/effort/bousaidx/page002480.html,最終閲覧2024.2.
5)常総市役所:常総市防災基本条例の一部改正の概要等について,https://www.city.joso.lg.jp/data/doc/1687229224_doc_28_0.pdf,最終閲覧2024.2.
後記
- 今回最も学びとなった点は、これまで執筆者の専門知識だけでは、解決が難しいと感じていた問題に対して、データサイエンスのアプローチを用いることで、その解決への糸口を見いだすことができた点です。実際、要支援者の人数や避難にかかる時間を目的関数として表現して、支援者の人数や避難行動の手段などを制約条件として設定することで、支援者がいない方の人数を最小化したり、避難にかかる時間を最小化するための、最適な解を得ることが理論上可能です。今後は、このデータサイエンスのアプローチを駆使して、限られた支援者の人数で、いかにして要支援者を救うことが効果的かを検討していきたいと思います。
- また、本プログラムに取り組むにあたり、チームの皆様のご指導・ご助言のお陰で、3ヶ月間という限られた期間の中でも、無事に成果を挙げることができました。また、常総市防災危機管理課の担当者様、常総市内の福祉事業所の担当者様には、お忙しい中にもかかわらずヒアリング調査にご協力いただきました。本プログラムの中間発表・最終発表では、担当教員・データサイエンティストの方々から貴重なコメントをいただきました。さらに、運営スタッフの皆様には、本プログラムの運営をサポートいただきました。皆様のお陰で、本テーマに対して多角的なアプローチが検討でき、実り多い3ヶ月間を送ることができました。ありがとうございました。本プログラムに関わった全ての皆様に、重ねて心より感謝申し上げます。
- 並びに、本活動は、筑波大学の「データサイエンス・AIを駆使し地球規模課題を解決できるトップ人材育成のためのデータサイエンス・エキスパート・プログラム」からの支援を受けました(図4)
