取り組みの概要
背景と課題
本プロジェクトは,中川ヒューム管工業株式会社様(以下,中川ヒューム管)がパートナー企業である.中川ヒューム管は,ヒューム管やマンホールなどのコンクリート製品の製造・販売を行っている.これらの製品は,水道などのインフラ(生活を支える基本的設備やサービス)に必要なもので,中川ヒューム管はそれらの普及に貢献している.
中川ヒューム管のDX化に関するビジョンは,デジタルツインを使って6つの工場が連携し,製造や配送の計画や在庫管理を行うことである.そこで,DXジャーニーマップを用いて,KGIプロセスと各業務プロセスにおけるデジタルツールの利用,KPIを整理した.その後,利用可能なデータの提供を受け,DX化のビジョンに向け取り組む課題の明確化を図った.
事前のヒアリングと工場視察を通して,中川ヒューム管が製品の効率的な積込方法に問題意識を持っていることが明らかとなった.そこで,本プロジェクトは,製品の積込み指示から積込み,そして配送に至るまでのプロセスに焦点を当てることとした.なお,他にも出荷前検査を自動化したいという要望があり,視察を通して実現可能性について検討したが,設備等の準備に時間がかかることから今回は見送ることとした.
中川ヒューム管の関東工場の積込みにおける問題は,製品出荷手配が経験に基づいて計画されていることである.ヒアリングを通して,常に安全台数のトラックを確保しているコストや,顧客要望に応じて生じる確認・調整等による負担増などの背景から,効率的なトラック稼働の必要性が見えてきた.その問題を解決するためには,出荷実績や出荷予定データに基づいて,自動的に出荷計画が組まれれば良い.
これにより,顧客の急な配送依頼に誰でも対応できるため機会損失の回避や,稼働するトラック台数を減らすことによる配送コストの低下などが期待できる.加えて,人間では考慮が難しい長期間のデータをまとめて最適化できるため,1週間や1ヶ月スケールの配送計画を提示できる.また,関東工場の責任者だけでなく,本社が経営判断を行うための意思決定を支援できる.
そこで,本プロジェクトの目的を「出荷計画を自動算出する最適化アルゴリズムの提案」とした.手法の精度評価として,提案された出荷計画が実務において採用できる計画になっているのかを,実際に業務に携わっている方に評価いただくことにした.また,出荷実績データと比較した際のコストがどのように変化するのかを数値として示すこととした.加えて,実務への活用を踏まえて,配送計画の最適化を実施してから計算が終了するまでにかかる時間が,3分以内になるかを評価している.
提案手法
出荷実績データ
本プロジェクトは,2017年4月から2023年11月までの関東工場における出荷実績データ(261,721件)を利用する.出荷実績データは,年月日ごとにある製品が関東工場からある工事現場に,ある出荷数で配送された配送履歴のデータを含んでいる.製品は,出荷番号に紐づいており,同じ出荷番号の製品は同一の場所に配送される.また,2017年5月から2018年11月においては,出荷番号に加えて車両番号も記録されており,製品がどの車両の搭載されていたのかが分かる.
事前検討【可視化】
出荷計画の最適化を行う前に,重量のみを考慮した使用トラック台数の可視化を行う.この時,製品は液体と考え,積載可能重量の最大までトラックに製品を積載できるとする(積載効率 100%).これは,実環境とは乖離した状況を想定しているが,中川ヒューム管が利用するトラックのみを考慮した際に,トラック台数を最大何台削減可能なのかを知ることを目的としている.考慮する条件として,一台の車両が最大1日に2回まで配送できることに加えて,利用できるトラックのうち最大積載量の多い順に使用するとした(図1).
図1:事前検討における条件の概念図
図2:2022年度における事前検討で算出された稼働台数
関東工場の営業日のみを対象として,事前検討によって得られた結果を箱ひげ図として図2に示す.2022年度において平均6.91台のトラックが稼働している.2022年の4月と5月は閑散期であり,トラックに余りが発生している.加えて,2022年の7月と8月は月当たりの稼働台数のばらつきが大きく,平準化の有効性が示唆されている.また,2022年11月から2023年2月の繁忙期において,トラックが効率的に活用されていることがわかる.
提案手法
実際の出荷計画は,トラックごとに異なる容量があることや出荷番号ごとに配送場所が異なること,各トラックは運転手の労働時間をもとにした移動距離などに制約がある.このような制約を考慮した最適化問題は,条件の増加に伴い,計算量が指数的に増えることが知られている.そのため,最適化手法にはいくつかの工夫が導入される.
本検討は,中川ヒューム管とのヒアリングから,1日当たりの稼働トラック台数を最小化する最適化問題に取り組むこととした.利用するトラックが少なくなるような製品の積み方は,ビンパッキング問題として知られている.本検討は,各トラックが持つ配送距離の制約を考慮せず,製品を積む順番を工夫することにより,実務的に許容できる出荷計画が組まれることを期待した.具体的には,製品の配送場所ごとにいくつかのクラスターを形成し,クラスター外とクラスター内の走行距離が最短距離となる組み合わせを求め,製品を積む順番を決定した.
成果と提案
2017年5月から2023年11月までに,関東工場でトラックの稼働が確認された1,961日のうち,11日を除いた1,950日は3分以内に厳密解を得た.製品が多いことに加え,重さがばらついているときに厳密解が時間内にも求まらない.1日あたりの配送総重量が少ない日における実際の配送と提案手法の結果比較を図3に示す.この日は,実際には4台のトラックが稼働していたが,提案手法によると1台のトラックで運び切ることができる.本結果から,提案手法によりトラック台数の最小化が達成されたと言える.
図3:1日あたりの配送総重量が少ない日における実際の配送結果と提案手法の比較
1日あたりの配送総重量が多い日における実際の配送と提案手法の結果比較を図4に示す.提案手法の方が,実際の配送結果に比べて稼働するトラック台数が少なくなっているものの,赤い点線のようにトラックの配送距離が長く,現実的には出荷計画として組まれない結果が得られている.そのため,本手法は改善の余地があると言える.一方,実際のデータを活用しながら,企業が持つ固有の専門知を分析者が理解し,最適化手法等の使い方などの意見交換を行えたという点は評価できる.
図4:1日あたりの配送総重量が多い日における実際の配送結果と提案手法の比較
仮に,配送コストを1日あたりに走行する各トラックの単価と,年間の稼働日数を掛け合わせで計算できるとするなら,年間の配送コストは数千万円削減できることがわかった(実際の配送コスト計算は異なる方法で行われている).ここで,提案手法がより現実的な出荷計画を提示する工夫は,削減できるトラック台数が小さくなることに,注意していただきたい.
謝辞
本プロジェクトを進めるにあたり,中川ヒューム管工業株式会社の皆様からは,貴重なデータの提供はもとより,多大なるご支援と温かい励ましを賜りましたことを心より感謝申し上げます.また,中林先生には,プロジェクトの方向性を見極める洞察と,細部にわたる緻密なご指導をいただきました.深く感謝致します.石金さんには,プロジェクトの初期段階から最終段階に至るまで,困難な時も共に乗り越えてくれたことに,心より感謝致します.また,データサイエンスの専門知識を惜しみなく提供くださりましたデータサイエンティストの先生方,異分野融合型データサイエンティスト育成プログラムを運営されている皆様には,このような学びの機会を提供して頂き,深く感謝しております.
後記
改めて,両者の認識や言葉の定義を明確にすることの重要さを認識できた.自分としては良い結果を示したつもりだが,先方としてはあまり関心がないというミスマッチを避けるためにも,お互いの考えを文字ベースで共有していくことが大切である.今回の反省点として,タイムマネジメントが適切にできなかったという点が挙げられる.データサイエンスは分析結果を出すことよりも,どのように問題を設定するか,それがツボを押さえているかをヒアリングするのが重要だと教えられてきた.このようなことを忘れて,手法開発ばかりに囚われてしまっていたことが悔やまれる.