研究の概要

背景と目的
- 高齢者の増加や、「自宅」での見取りを希望する人の増加により、ここ10年余りで訪問診療患者数は約1.6倍[3]になった。
- しかし、医療を提供する医師側の不足や地域偏在に加え、来年度からは医師の稼働時間減少の問題も発生し、患者宅までの移動時間も要する訪問診療に割ける時間は、今後ますます減少していくと考えられる。
- このような訪問診療における様々な問題の解決策として筆者が着目した医療サービスが、Doctor to Patient with Nurse(D to P with N)である。
- D to P with Nとは、医師のオンライン診療のもと、看護師が患者宅で診療の補助行為等を行う医療サービスである。
- 本稿では、以下の2つの目的について記載する。
- 訪問診療における D to P with N との代替・補完可能性を明らかにすること
- D to P with N 導入による効果を定量的に評価すること
- なお、雑誌コミュニティケア[4]では、コロナ下や訪問看護現場でのD to P with Nの有効性は示唆されていたが、D to P with Nを題材とした既往研究は、ほとんど見られない。
研究対象と使用データ
- 本研究では、長野県伊那市のA医院を対象として、分析を行った。
- 長野県伊那市は、オンライン診療システムや医療機器が搭載された、D to P with Nを提供するためのモビリティである「モバイルクリニック」 を自治体の中でいち早く導入し、最も多くの534の症例数(2023年10月31日時点)を持つ。
- また、既に実証実験段階を終えており、2021年4月から現在にかけて持続的に運行している。
- 伊那市では、7つの医療機関で内科診療におけるD to P with Nが導入されているが、その中でA医院を対象とした理由は、7医療機関の中で最も症例数および訪問丁目数が多いからである。
- なお、使用データは以下の通りである。
- D1-1:A医院における、2023年1月1日から6月30日にかけて1回以上訪問診療を利用したことのある患者、計67名
- D1-2:A医院における、2023年1月1日から9月6日にかけて訪問診療および1回以上のD to P with Nを利用したことのある患者、計19名
- D2-1:A医院における訪問診療車両のGPSデータ(2023/9/9~9/27)
- D2-2:A医院における訪問診療記録(2023/9/9~9/27)
分析
訪問診療との代替・補完可能性はあるか
「診療頻度」と「診療内容」の二点に着目し、D to P with Nと訪問診療との代替・補完可能性はあるのか検証した。
診療頻度における代替・補完可能性
- D1-1とD1-2のうち、訪問診療およびD to P with Nをデータ対象期間内にそれぞれ2回以上利用している患者を分析対象とした(17名)。
- そして、患者ごとの診療日および診療の種類(訪問診療or D to P with N) 別に集計し、代替・補完できているか判断した。

- その結果、例外的な場合を除き、患者17名全員がD to P with Nを訪問診療と同頻度、もしくはそれ以上の頻度で利用していることが分かった。
- ここでいう例外的な場合とは、データ期間中に施設へ入退所しており、施設退所後は対面診療を心がけているA医院の方針が影響し、訪問診療の方が利用頻度が多くなった場合(患者)を指している。
- 以上より、診療頻度に関しては、訪問診療と50:50もしくはそれ以上の補完関係にあると考えられる。
診療内容における代替・補完可能性
- 診療頻度の時と同じように、訪問診療およびD to P with Nをデータ対象期間内にそれぞれ2回以上利用している患者を分析対象とした(17名)。
- そして、患者ごとの診療の種類(訪問診療or D to P with N)に応じて、それぞれで算出された診療内容をカテゴリー別に集計し、代替・補完できているか判断した。
- その結果、血液検査や心電図検査を含む、訪問診療と同程度の医療行為が各患者に行われており、確定診断も出されていることが分かった。
- 以上より、診療内容に関しては100%、訪問診療との代替ができていると考えられる。
D to P with N 導入による効果はあるか
- 同じくA医院データを用いて、D to P with Nの導入によって、「新たに医師稼働時間はどの程度増加し、診療可能な外来患者数は何人増加するのか」に着目して、【従来型】と【D to P with N型】のモデル式を組み立て、定量的な効果について比較評価した。
- なお、本研究の医師稼働時間は、診療時間と患者宅までの移動時間を足し合わせたものとしている。
- 各係数に代入した数値は、前述の「使用データ」に記載された4つのデータ(D1-1~D2-2)およびヒアリング調査から設定した。
- なお、モデル式は以下の通りである。


- モデル式を計算すると、(1) = 624.4(時間)、(2) = 584.5(時間)となり、D to P with N導入によって39.9時間分の医師稼働時間が新たに増加したことが分かった。
- また、1人当たり外来診療時間を10分として※、外来患者数の計算をすると、新たに診察可能な外来患者数は239人という結果になった。
成果と提案
結果
本研究では、新しい医療提供サービスであるD to P with Nにおいて、訪問診療との代替・補完可能性はあるか、D to P with Nの定量的な効果はどのくらいか、について明らかにした。
その結果、次のことが明らかになった。
A医院では、
- 診療頻度に関して、D to P with Nは訪問診療と50:50もしくはそれ以上の補完関係にある。
- 診療内容に関して、D to P with Nは訪問診療と同様の医療行為が各患者に行われている。
- D to P with Nの導入によって、年間39.9時間の医師稼働時間が生み出され、新たに239人の外来患者を診察することが可能となった。
考察
A医院データや上述の分析結果をもとに、費用対効果について考察した。
- 実際にD to P with Nにかかる費用を訪問診療と比べてみると、表のようになった。


- 図3からわかるように、患者側は、D to P with Nの方が金銭的負担を抑えつつ受療できる。
- 一方の医療機関側は、訪問診療所要時間(移動時間+訪問診療時間=34.3分)とD to P with N所要時間(13.7分)を比べると、1人の訪問診療患者を診ていた時間(a)で、2.5人のD to P with N患者(b)を診察できることになり、売上も上がる。( (a) = 3,638円 < (b) =5,985円)
- そのため金銭面からみると、患者と医療機関双方にメリットのあるサービスと言えることが分かった。
後記
- 本研究は先例の少ない研究であり、現状の把握から手探りで始まったため、研究としてまとめていくのに大変苦労した。
- 本記事では記載しませんでしたが、伊那市職員や医師、看護師へのヒアリング調査・現地調査、訪問診療経験のある複数名の医師に対するヒアリング調査やアンケート調査なども行い、現場の実情を理解しながら、より深くこのテーマについて考え、研究していくことを心がけました。
- 参考文献
[1] 厚生労働省.オンライン診療の適切な実施に関する指針.2018年3月(2023年3月一部改訂).
[2] へき地ネット.地域医療振興協会.へき地医療とは.(2024年1月11日引用).URL:https://www.hekichi.net/about/medical. (2024年3月15日閲覧).
[3] 厚生労働省.厚生労働省医政局地域医療計画課 外来・在宅医療対策室.在宅医療の体制整備について.(2024年3月15日引用). (2024年3月15日閲覧).
[4] 丹羽崇.<解説> コロナ禍のオンライン診療で発揮された看護師の役割.コミュニティケア 2022;Vol.24(4):54-58