研究の概要
背景と課題
- わが国では、「世界一のITS (Intelligent Transport Systems)を構築・維持し、日本・世界に貢献する」(官民データ活用推進戦略会議、2020)ことを目標に、2019年現在レベル2(部分運転自動化)まで実用化されている
- さらに今後、段階的に自動運転化を進めていき、2030年代にはレベル5(完全運転自動化)を導入することを目標としている(官民データ活用推進戦略会議、2020)
- 運転や移動に費やしてきた時間は、これまで価値を持たないとされており、移動時間は削減すべきものであり、削減された移動時間は業務時間になるといった仮定をおいて交通施策の効果の定量化が行われてきた(道路交通の時間価値に関する研究会、2012)
- 自動運転化後において
- これまで、自動運転化と車内活動との関係性を唱えられてきてはいる(Joshua et al.,2011;香月ら、2017;Steck et al.,2018;Almeida Correia et al.,2019)が、自動運転化後の車内活動の決定要因、また価値に着目した研究は行われていない
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- 自動運転の実現により新たに生まれた時間の利用や価値について明らかにし、今後の交通計画・都市計画の一助とするため、車内活動や交通行動についてのアンケートを実施し、移動中の活動の実態および意向を把握する
- 調査結果を拡大するために、全国都市交通特性調査(以下、全国PT調査)と共通の設問を含む
- 年齢階層(5類型)・都市類型(4類型)・職種(4類型)の80セグメントからそれぞれ30サンプルずつを抽出する層別化抽出を行った
- データクリーニングによって504サンプルが除かれたため、残存した1896サンプルのデータによって分析を行った
分析
現状及び自動運転化後の車内活動意向
- 現状の交通手段として「公共交通(鉄道・バス)」(以下: 「公共交通」)「自動車(同乗)・タクシー」(以下: 「同乗」)「自動車(運転)」(以下: 「運転」)の3交通手段、将来の交通手段として「自動運転」のそれぞれにおける車内活動を調べた
- 全活動において、「活動する」人と「活動しない」人の割合について、公共交通と自動運転、同乗と運転で類似した傾向を示した
- 業務関連の活動について、業務(書類)は自動運転化により活動をする人の割合が増加し、業務(インターネット)は自動運転化後の活動する人の割合は現状の公共共通におけるものと大きくは変化しないが、度数分布によると活動割合が上昇した(図1、図2)
- 自動運転化は「活動する」人の割合が公共交通よりやや増加する傾向にあり、特にプライバシー性の高い環境にて行われやすい「食事・間食」「同乗者との会話」は増加が著しかった(図3、図4)
- 休息活動意向が最も高かった
- バーチャル活動、個人活動がより活動意向が高かった
- 「どちらとも言えない」「あまり当てはまらない」「当てはまらない」との回答が過半数を占めており、そもそも移動中の活動に関心がない層が半数以上であった
- 「移動時間の時間を有意義に使いたい/使っている」と「毎日の時間を有意義に使いたい/使っている」では大きな差異は見られなかったが、両者において「有意義に使っている」という回答は3割以下、「有意義に使いたい」という回答は5~6割と開きがあり、有意義に使いたいと思いつつ実際には実現できていない場合が多いようであった
自動運転後の活動意向に与える要因
- 一元配置分散分析を用いて、個人の属性による現在および将来の車内活動割合の差異を考察した
- 年齢階層による差異をみると、「公共交通」において高齢になるほど「趣味(インターネット)」の割合が低く、「本・雑誌・漫画」の割合が高かった
- 職業分類(表3)による差異をみると、「運転」及び「自動運転」において無職者は「同乗者との会話」の割合が高く、「業務(書類)」「業務(インターネット)」の割合が低かった
- また、「運転」において、有職者①、②、③、無職者の順に「音楽・ラジオ」の割合が低くなっていった。有職者①は「運転」の「何もしない」時間の割合が他のグループより低かった。「自動運転」においては、有職者①、②は類似した傾向を示しており、他の2グループと比較した場合、「業務(書類)」「業務(インターネット)」「趣味(インターネット)」「ゲーム・動画・テレビ」「本・雑誌・漫画」「音楽・ラジオ」「学習・自己啓発」において活動割合が高く、「食事・間食」「何もしない」等において活動割合が低かった
- 都市類型による差異をみると、「自動運転」において、三大都市圏居住者は「業務(書類)」「業務(インターネット)」「睡眠」等の活動の割合が高く、地方圏では「音楽・ラジオ」や「何もしない」時間の割合が高かった
- 年齢階層と職業分類による交差項での分析を行うと、「自動運転」において以下の特徴が見られた
- 「業務活動(書類)」は特に有職者①の高齢者において割合が高かった
- 「ゲーム・動画・テレビ」はどの職業分類でも若年層において割合が高いが、無職者に比べて有職者はより高い年齢層においても活動割合が高かった
- 「睡眠」有職者①の若年層、有職者②③の中年層において活動割合が高かった
- 「何もしない」は全体として、無職者ほど、そして高齢者ほど割合が高かった
- 重回帰分析を用いて、個人属性・内面的属性と自動運転化後の車内活動割合の関連性について考察した
- 全ての活動において、職業分類は活動割合に比較的大きく影響していた
- 「業務」と「学習・自己啓発」において、積極活動意向が正に影響しており、特に「学習・自己啓発」において係数が大きかった。一方「ゲーム・動画・テレビ」等においては積極活動意向が有意に負に作用しており、車内活動に積極的でない個人がこれらの活動を行うと考えられる。
- 移動好きの人はなにもしない割合が有意に高かった。これは、移動そのものを楽しむグループであるため移動中の活動を求めないからであると考えられる。
- 自動運転化のメリットとしての活動可能性は、ほとんどの活動において有意に正に強く作用しているが、特に「睡眠」において影響が大きかった。移動中に睡眠がとれることを認識して自動運転化の意向を持っている個人が存在することを示している。
- ライフスタイルの「友人知人が多い」は「業務」に有意に正に作用しており、何もしないに有意に負に作用していた。性格特性における「活発で外向的」も同様の傾向を示している。このことから、社交的・外向的な個人ほど車内での業務活動に積極的である可能性が考えられる。
- 男女の差異としては、男性は有意に「業務(書類)」が多く、「食事・間食」、「身だしなみを整える」、「同乗者との会話」は女性が有意に多かった
- 共分散構造分析を用いて、車内活動割合と個人の内面的属性との関係の構造を把握した
- 自動運転化後の活動意向について、業務、必需活動、無活動などの活動の群が潜在変数として現れた
- 移動好きという潜在変数に着目すると、無活動意向に大きく正に影響しており、移動そのものが好きな個人は、移動中の時間を活動によって有効に使おうという意識が低かった
- 時間を重視するという潜在変数および早・安・楽な移動を志向するという潜在変数には相関関係があり、この両者が活動意向に正の影響を及ぼしていた
活動時間価値に着目した自動運転化の影響の定量化
- 期間あたりで移動中に行った活動の主観的価値の総計であるVTTA(Value of Travel Time Activity: 移動時間活動価値)という概念を導入し、自動運転化による効果を示した
- 今回のアンケートデータ結果を全国に拡大するために、次の作業を行った
①主観的移動時間価値に影響を与える要因を精査
②全国PT調査を用いて拡大するためのセグメントを作成
③セグメントごとに代表値を決定
④各セグメントに当てはまる全国PT調査の個票にVTTAを追加
⑤全国PT調査において算定されている拡大係数及び今回算出した全国市区への拡大係数を用いて個票のVTTAを拡大
- 拡大結果は次のとおり
- 自動運転化により、VTTAは年間約14.4兆円の増加となった
- 活動内容別でみると、自動運転化前後共に非業務活動によるVTTAが業務活動によるVTTAを上回り、一方で増加率は業務活動によるVTTAのほうが大きかった
- 属性によるセグメント別にVTTA増加額をみると、都市類型による差異はあまりみられないが、年齢や職業においては傾向が異なった
成果
- 自動運転化後の車内活動は公共交通利用時のものと類似しているが、より業務活動や趣味活動の割合が高まることを示し、自動運転化による移動中の活動のバリエーションの増加を示唆した
- 個人属性の他に、移動時間への価値観や自動運転化意向、ライフスタイル等が自動運転化後の車内活動意向に影響していることが示せた
- 自動運転化後の車内活動意向および個人の内面的属性の関係性を構造的に説明するモデルを提案した
- 全国市町村における移動時間活動価値の増分の総計は、現状の渋滞時間損失価値を上回るスケールとなった
- 多くの個人が非業務活動によって価値を生み出しており、またその内訳や傾向は属性によって異なることが明らかとなった
レファレンス
首相官邸ウェブサイト: 高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部・ 官民データ活用推進戦略会議「官民 ITS 構想・ロードマップ 2019」 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kettei/pdf/20190607/siryou9.pdf (最終閲覧日 2020年1月31日)
道路交通の時間価値に関する研究会 研究代表者 加藤浩徳「道路交通の時間価値に関する研究報告書」 2012.3
Joshua Auld, Abolfazl (Kouros) Mohammadian, Peter C. Nelson「Empirical Analysis of the Activity-Planning Process 」Transportation Research Record January 1, 2011 Volume: 2231 issue: 1, page(s): 76-84.
香月 秀仁、川本 雅之、栗野 盛光、谷口 守「自動運転車(ADV)利用がもたらす外出行動への影響―目的に応じた頻度・目的地の変化に着目して―」交通工学論文集2017 年3 巻2 号p. A_1-A_10.
Steck, F., Kolarova, V., Bahamonde-Birke, F., Trommer, S. and Lenz, B.「How Autonomous Driving May Affect the Value of Travel Time Savings for Commuting 」Transportation Research Record: Journal of the Transportation Research Board, Vol. 2672, 2018, pp. 11–20.
Gonçalo Homem de Almeida Correia,Erwin Looff,Sander van Cranenburgh,Maaike Snelder,Bart van Arema「On the impact of vehicle automation on the value of travel time while performing work and leisure activities in a car: Theoretical insights and results from a stated preference survey」Transportation Research Part A: Policy and Practice Vol 119, 1.2019, pp 359-382.
Ryusei KAKUJO,Makoto CHIKARAISHI,Akimasa FUJIWARA「MULTI-TASKING BEHAVIOR IN AUTONOMOUS VEHICLE AND ITS IMPACTS ON RESIDENTIAL LOCATION CHOICE BEHAVIOR 」第57 回土木計画学研究発表会・講演集16-15.
この記事は、下記の論文を要約したものです
小松崎 諒子(2020)自動運転がもたらす車内活動変容の可能性-移動時の時間価値に着目して-、2019年度筑波大学理工学群社会工学類卒業論文
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