本当に効果のあるエネルギー施策とは
全国市区町村の再生可能エネルギー施策に関する効果分析

ケース
2021-02-07

研究の概要

背景と課題

2012年7月のFIT(再生可能エネルギーの固定価格買取制度)本格導入により、再エネ導入量が急増する中、特に農山村の再生を目指して、地域に存在する再生可能エネルギー資源(再エネ)を活用するというボトムアップ的な方策、すなわち、地域からのエネルギー転換が注目を集めている。

そこでは、最も地域の実情に近い基礎自治体である市区町村の役割が重要となる。一橋大学自然資源経済論プロジェクト、朝日新聞社による「全国市区町村再生可能エネルギー実態調査」(2014、2017年実施)の2014年実施分(以下、アンケート調査)から市区町村の再エネ施策をまとめた(表1)。

区分 施策種別(略称)
再エネ種別を問わず導入推進を図る施策 条例、計画、目標、新エネルギービジョンなどを定め、明文化された方針のもとで再エネを推進している自治体(再エネ推進明文化)
行政計画・条例の策定(計画・条例)
主に太陽光の導入推進を図る施策 再エネ設備の設置補助・助成(設備設置補助)
自治体自らによる太陽光パネル設置(太陽光自主設置)
公有地・公共施設の屋根の再エネ企業への貸出(公有地屋根貸出)
(土地住宅系支援)
表1: 各再エネ施策の区分と種別

基礎自治体はさまざまな再エネ施策を実施することで地域における再エネの導入推進に努めているが、再エネ導入量の大幅な増加に成功している自治体とそうでない自治体が存在する。

これまで、基礎自治体レベルにおける再エネ施策の実施状況と再エネ導入量との関係を、自治体の背景要因(地理的、社会経済的な属性)を考慮したうえで全国を俯瞰して実証的に分析、評価した研究は見られない。

本研究では、量的調査としてアンケート調査を分析し、全国基礎自治体の再エネ施策データ、および自然環境、財政、社会経済、政治要因等のデータと合わせて、表1にまとめた6つの再エネ施策の効果を推定する。そして、東北地方のA自治体へのインタビュー調査を行い、どのように施策が導入量の増加に貢献するのかを質的調査する。

これによって、地域主体の効果的な再エネ政策づくりへの貢献を目指す。

データ分析

再エネ施策の効果検証は、理想的には、同一の自治体が施策を導入した場合と導入しなかった場合とで再エネ導入量を比較するのが望ましいが、それは現実的ではない。そこで、マッチング推定という手法を用いて、施策を導入した自治体と、その自治体と似た属性をもち、かつ施策を導入していない自治体とを比較する(図1)。

図1: マッチング推定の概念

自治体のマッチングは、傾向スコアを推定し、その近さに基づいて行う。本研究における傾向スコアは、各自治体における各再エネ施策の導入確率を表す。傾向スコアはあくまで自治体の背景要因の調整を目的とする。

再エネ施策の導入には自治体の諸属性が複数関与しているため、傾向スコアの推定には、自治体の財政力、地域の富裕度、人口、再エネの利用可能性(再エネポテンシャル)、一次産業就業者の割合、政治的要因(与党支配性)、市区ダミーおよび都道府県ダミーを説明変数とするロジットモデルを用いる。

マッチング推定には、特に導入事例が少ない再エネ種別については自治体を取り出す順番によって組み合わせが変化し得るという頑健性の課題がある。ゆえに、相対的に導入事例の少ない「再エネ推進明文化」、「計画・条例」については二重ロバストな推定量も算出する。

また、いつからいつまでの期間で、再エネ導入量(増加分)の計測期間を設定するかが重要になるため、本研究では太陽光、風力、中小水力、各種バイオマスそれぞれに対し、個別の計測期間を設定した。

評価・実証

マッチング推定による分析では、「再エネ種別を問わず導入推進を図る施策」の中で唯一、「再エネ推進明文化」は幅広い再エネ種別の導入量増加に寄与していることが示された。

再エネ推進自治体は、太陽光、風力、中小水力、メタン発酵ガスおよび一般木質等のバイオマスで導入量を増加させていることから、主に制度設計による再エネ推進姿勢が導入量増加に寄与していることが示された。

「計画・条例」は、メガソーラー、中小水力の導入量増加に寄与していることが示されたが、二重ロバストな推定量からは、幅広い再エネ種別の導入増加に寄与していると評価するのは難しいものとなった。

「主に太陽光の導入推進を図る施策」の中で「設備設置補助」と「太陽光自主設置」は、実施自治体数が多いものの、マッチング推定に基づく分析において施策効果は示されなかった。

前者については、本施策よりも、太陽光発電設備の普及に伴う価格の下落とFITによる安定した売電収入見通しの方が、大きな経済的インセンティブを与えたことが予想される。後者については、民間による住宅用太陽光や事業用太陽光の導入に対して、自治体の導入が量的に限られることが主因と考える。

「公有地屋根貸出」、「土地住宅系支援」の施策は、どちらも低出力の太陽光導入量の増加に寄与していることが示された。

また、この結果から、自治体が自ら新規の再エネ設備を設置するよりも、自治体の保有する資産(公有地、公共施設等)を民間事業者と協力して活用する方が、域内全体の導入量増加に貢献することが示された。

東北地方のA自治体へのインタビュー調査

再エネ推進明文化が政策形成過程において果たす役割と効果について質的調査を行うために、再エネ推進明文化の傾向スコアは極めて高いが、実際には明文化を行っていない「東北地方のA自治体」を調査対象地とした。

東北地方のA自治体が2014年時点で実施していた再エネ施策は「設備設置補助」、「太陽光自主設置」、「土地住宅系支援」であったが、現在「太陽光自主設置」以外は終了しており、2014年以降新たに開始した施策はない。

こうした状況と再エネ推進の明文化に至らなかった現状の関係性について聞き取りを行ったところ、2015年頃に明文化(新エネルギービジョン(仮)の策定)を目指したが、実現には至らなかったことがわかった。

そこで、仮に明文化が達成されていたとすると、環境政策や再エネ政策の体系においてどのような位置付けとなっていたかについて質問したところ、「『東北地方のA自治体環境基本計画』のもとに『東北地方のA自治体温暖化対策計画』と『新エネルギービジョン(仮)』が並存する位置付けとなったと考えられる」との回答を受けた。

以上から、仮に明文化が達成されていた場合の政策形成に与える予想される効果として、「再エネ政策の進捗管理の役割を果たし、再エネを推進する効果があったのではないか」との所感を担当者からの回答として得た。

成果と提案

「再エネ種別を問わず導入推進を図る施策」では「再エネ推進明文化」と「行政計画・条例策定」に効果が推定され、特に前者が唯一、幅広い種別の再エネ導入量増加に寄与していることが明らかとなった。

広義の「再エネ推進明文化」に対して、狭義の「行政計画・条例策定」では太陽光以外の幅広い再エネ種別では施策効果を評価するのは難しい結果となった。

「主に太陽光の導入推進を図る施策」では「公有地・公共施設の屋根の再エネ企業への貸出」と「土地住宅系支援」に効果が推定された。実施自治体数の多い「再エネ設備の設置補助・助成」や「自治体自らによる太陽光パネル設置」には有意な施策効果が推定されなかった。

東北地方のA自治体へのインタビューから、明文化によって既存の事業や施策の進捗が管理されるなど、再エネ政策へのモチベーションが維持されやすくなり、地域全体での再エネ導入量増加に寄与することを見出した。

これらの結果から、再エネ推進姿勢の明文化が地域エネルギー政策における最上位の基盤である政治、行政のリーダーシップを固め、地域の再エネ導入量増加に貢献することを量、質双方の調査から明らかにした。

この記事は、下記の論文を要約したものです

徳武 雅也(2020)全国市区町村の再生可能エネルギー施策に関する効果分析、2019年度 筑波大学 大学院 博士課程 システム情報工学研究科 修士論文。

後記

政策研究におけるデータ分析での学び

今回の記事のもととなった修士論文では、自治体再エネ政策の効果についてデータ分析を行いました。

最も大きな学びとなったのは、政策を考える上での目的・価値観の重要性です。何をもって効果が高いと評価するかは「目的」によって変わります。データ分析の詳細を考える時にも、政策目標(例. 再エネ導入量〇〇kW増加)の上位にある、目指したい社会像への考察が問われました。

本研究では「再エネの導入・活用による地域経済の活性化」を考察しております。この点が難しくも研究の醍醐味でした。筑波大学や社会工学専攻は、大変開かれた環境で、分野を問わず色んな方と協働でき、様々な価値観に触れられたことに感謝しております。(写真は、大学院授業科目「社会工学ワークショップ(Intercultural Garden Project 2018)」の様子)

データ収集などで工夫した点

特に自治体の自然環境、財政、社会経済、政治要因等のデータを扱い、分析用のデータセットを構築しました。照合に必要となる自治体コードが整備されていないデータもあり、これらにコードを紐づけて整理・保管しておく点を工夫しました。

ケース紹介動画