研究の概要

背景と課題
はじめて訪れる場所を迷うことなく一人で歩くには、施設等に設置されている案内サインと、デジタル地図アプリに代表される各種ツールの両者が用いられる1。円滑な移動の実現には案内サインと各種ツールの両者が相互に補完しあうことが必要不可欠とされる。
案内サインは「情報内容」「掲出位置」「表示方法およびデザイン」の3要素から構成され、これら全てを兼ね備えることでわかりやすいサインとなるとされる2。情報内容、掲出位置、表示方法については政府が策定した「誘導案内設備に関するガイドライン」において具体的な基準が設けられているが、デザインに関しては曖昧な表現に留まっている。ゆえに案内地図サインのデザインは多種多様となっており、デザインに関しても明確な基準があるのではないかと着目した。したがって本研究では、効率的かつ好印象な案内地図サインのデザインを明らかにすることとする。
- 東京都産業労働局,2015,「国内外旅行者のための案内サイン標準化指針 歩行者編」(最終閲覧 2024年12月3日) ↩︎
- 国土交通省,2021,「公共交通機関の旅客施設・車両等・役務の提供に関する移動等円滑化整備ガイドライン」(最終閲覧2024年12月6日) ↩︎
実験概要
案内地図サインのデザインの違いが利用者に与える影響を明らかにするために行なった実験のフローを図1に示す。まず実験参加者に案内地図サイン上で現在地から目的地までの経路を探してもらい、要した時間を測定する。この際実験参加者にTobii Proグラス3というアイトラッキング機器を装着してもらうことで、視線情報の取得も同時に行なう。その後各案内地図サインについて、SD法による印象評価を実施する。

フィールドワーク調査を行なったことで明らかとなった案内地図サインのデザインに関する4項目(建物の表現方法、色分けの有無、施設名の表記方法、現在地の表現方法)について各2枚ずつ、計8枚の案内地図サインをillustratorを用いて作成した。なお比較を行なったそれぞれのサインは、同一のキャンパスであり、実験にて設定した現在地、目的地も同じであるが、係留効果を最小限にするために上下左右を反転させ、施設の名称も適宜変更している。それぞれのサインに対して先述の実験を行い、各項目ごとに比較することで、「良いデザイン」を定量的に明らかにした。
使用データ
筑波大学・大学院の学生20人を対象に、先述の実験を行なった。実験参加者の視線情報及びSD法の回答から取得したデータは以下の通りである。
- ヒートマップ
- 経路探索時間(s)
- time to first fixation(ms)
- SD法の回答
経路探索時間、time to first fixation、SD法の3つに関しては、それぞれ対応のあるt検定を行なった。
なおtime to first fixationとは初めて視線の停留が発生するまでの時間のことであり、本研究では視認性を表す指標として用いた。
データ分析
建物の表現方法
案内サイン上の建物を立体で表現したサイン(立体)と、平面で表現したサイン(平面)を作成し、比較を行なった。
利用効率に関して
建物を立体で表現したサインの方が、目的地までの経路を見つける時間が有意に短くなることが示された。一方でtime to first fixationは現在地、目的地ともに有意差は生じなかった。(表1)

立体、平面それぞれのサインのヒートマップは以下のようになった(図2)。立体で表現したサインの方が現在地から目的地までの経路上に視線が集中していることがわかり、迷いが生じづらかったと推察できる。

以上より、建物の表現方法は現在地や目的地の視認性に影響しない一方で、立体で表現することで迷いが生じづらくなり、その結果利用効率が高くなることが示された。
印象に関して
SD法の結果、建物の表現方法の違いによる有意な差が出た項目は「新しいー古い」の1項目のみであった(図3)。

このことより、建物の表現方法の違いがサイン利用時の印象に与える影響は小さいことが示された。
色分けの有無
案内サイン上の施設がエリアごとに5色で色分けしたサイン(色分けあり)と全て同じ色で塗られたサイン(色分けなし)を作成し、比較を行なった。
利用効率に関して
案内地図サイン上の建物を色分けしたサインの方が、目的地までの経路を見つける時間、time to first fixation.目的地ともに有意に短くなった。一方でtime to first fixation.現在地に有意な差は生じなかった。(表2)

色分けあり、色分けなし、それぞれのサインに対するヒートマップは以下のようになり、色分けの有無による差はほとんどなかった(図4)。これより、「現在地」という始点及び「目的地」という終点がそれぞれ既に見つかっている状態において、これら2点を結ぶ経路の探しやすさに影響を与えないと推察される。

以上より、案内地図サインを適切に色分けすることで目的地を素早く見つけることができ、その結果経路探索に要する時間が短くなることで利用効率が高くなると示された。
印象に関して
SD法の結果、11項目に関して、色分けをしたサインの方が有意に評価が高くなった(図5)。

「すっきりした」という評価が高くなったことから、色分けを行うことで案内地図サインが整理され、その結果「読みやすい」「理解しやすい」等可読性に関する評価が高くなる。ゆえに満足度が高くなり、「感じの良さ」といった総合的な項目においても、色分けをしたサインの方が高評価になったと推察される。
施設名の表記方法による影響
施設の名称を図上に直接表記したサイン(直接)と、図上に番号を振り対応する表によって間接的に名称を表記したサイン(間接)の2枚を作成し、比較した。
利用効率に関して
time to first fixationは現在地、目的地ともに有意差が生じなかったことから、施設名の表記方法は現在地と目的地の視認性に影響ないと示された。一方で、施設名を直接表記する方が目的地までの経路を見つける時間が短くなった(表3)。

施設名を直接表記したサイン、表を用いて表記したサインに対するヒートマップは以下のようになった(図6)。直接表記したサインは現在地から目的地までの経路上に視線が集中した一方で、表を用いたサインは全体に視線が分散した。このことより、施設の名称を表にすると見るべき箇所が増えると推察される。

以上より、施設名の表記方法は現在地や目的地の視認性に影響しないが、地図上の番号と表を対応させる必要がないため、施設名を直接表記した方が利用効率が高くなると示された。
印象に関して
SD法の結果、施設名を直接表記したサインの方が「明るい」「あたたかい」「感じの良い」の3項目について高評価となった(図7)。

施設名を直接表記することで「明るさ」「あたたかさ」を強く感じ、「感じの良い」と総合的に好ましい評価となったと推察される。
現在地の表現方法による影響
現在地を吹き出しで表現したサイン(吹き出し)と、文字と三角形(三角形)で表現したサインを作成し、比較した。
利用効率に関して
経路を見つけるまでの時間に有意な差は生じなかったが、現在地を三角形で表現したサインの方がtime to first fixation.現在地が短くなったことから、現在地は三角形で表現する方が視認性が高まると示された(表4)。

現在地を吹き出しで表現したサインと文字と三角形で表現したサインに対するヒートマップは以下のようになり、現在地の表現方法の違いによる差は生じなかった(図8)。

以上より、サイン全体の利用効率に有意な差は生じないが、現在地を三角形で表現する方が視認性が高まると示された。
印象に関して
SD法の結果、現在地を吹き出しで表記したサインの方が「明るい」「力強い」と強く感じることが示された(図9)。

成果と提案
本研究ではフィールドワーク調査から明らかとなった案内地図サインのデザインに関する4項目に関して、経路探索実験及びSD法による評価を行うことで、「良いデザイン」とは何なのか定量的に明らかとした。
実験の結果は以下の通りである(表5)。

案内地図サインのデザインは、建物を立体で表現し、適切に色分けをし、施設名を図上に直接表記したものが望ましいと示された。現在地の表現方法に関しては、文字と三角形で表す方が利用効率が高いが、印象については吹き出しで表す方が高くなるため、サイン作成時に施設の特徴等を十分考慮した上で適宜選択する必要がある。
レファレンス
- 東京都産業労働局,2015,「国内外旅行者のための案内サイン標準化指針 歩行者編」(最終閲覧 2024年12月3日)
- 国土交通省,2021,「公共交通機関の旅客施設・車両等・役務の提供に関する移動等円滑化整備ガイドライン」(最終閲覧2024年12月6日)
- 株式会社ゼンリン,2018,「地図利用実態調査2018」(最終閲覧2024年12月3日)
https://www.zenrin.co.jp/product/article/research503/pdf/material07.pdf - 国土交通省,2021,「公共交通機関の旅客施設・車両等・役務の提供に関する移動等円滑化整備ガイドライン」(最終閲覧 2024年12月6日)
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/barrierfree/content/001734092.pdf - 池田佳樹,辻村壮平,吉田圭一,平手小太郎,キャプション評価法を用いた首都圏ターミナル駅でのサイン計画に関する研究 ターミナル駅のわかりやすさ改善のための基礎的研究,日本建築学会計画系論文集,2017,第82巻,第738号,p.1905-1914,
https://www.jstage.jst.go.jp/article/aija/82/738/82_1905/_pdf/-char/ja - 田渕義彦,中村肇,口石義行,西村政信,佐土根範次,中心視の光源によるグレアの主観評価,照明学会誌,1988,第72巻,第10号,p.613-619
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jieij1980/72/10/72_10_613/_article/-char/ja/ - 土井正,岩田三千子,宮野道雄,大阪梅田地下街における案内地図および方向案内板の信性評価:高齢者に分かり易い視覚表示に関する研究,日本建築学会計画系論文集,1994,第59巻,第457号,p151-160
https://www.jstage.jst.go.jp/article/aija/59/457/59_KJ00004220766/_pdf - 池田千登勢,大規模空間の案内地図のデザイン表現とわかりやすさに関する研究―道に迷いやすい人に使いやすい試作地図のデザイン要素分析(2)―,日本感性工学会論誌,2018,第17巻 ,第4号,p415-424
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjske/17/4/17_TJSKE-D-18-00014/_pdf/-char/ja - 吉城秀治,辰巳浩,堤香代子,奥村友利愛,長友陸,バス路線図のデフォルメの実態とユーザビリティに基づく評価,土木学会論文集,2022,第77巻 第5号, p721-733
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscejipm/77/5/77_I_721/_pdf/-char/ja - Tobii Technology K.K. , ”Tobii Pro グラス3 観察だけでは分からない行動は視線から読み解く” (最終閲覧 2025年1月3日)
https://www.tobii.com/ja/products/eye-trackers/wearables/tobii-pro-glasses-3 - Tobii Technology K.K. , “ Tobii Proラボ アイトラッキング研究のためのソフトウェア” (最終閲覧 2025年1月5日)
https://www.tobii.com/ja/products/software/behavior-research-software/tobii-pro-lab - Tobii Technology K.K. , “Heat maps and gaze plots” (最終閲覧 2025年1月5日)https://connect.tobii.com/s/article/heat-maps-and-gaze-plots?language=ja
後記
- 案内地図サインのデザインの特徴を明らかにするためにフィールドワーク調査として関東の大学を何十校も訪れたり、そこで撮影した案内地図サインをillustratorによって自分で作成するなど、作業量が多かったですが、根気強く取り組みました。
- アイトラッキングを使った経験はなく、また学部4年間で実験に取り組んだこともなかったため、実験計画に苦戦しました。研究室の先輩方にアドバイスをいただいたり、自分の専門外の領域の本を読んだりして、実験をデザインしていきました。
- 初めは「迷いにくい空間とは何なのか」を明らかにするべく実空間での歩行実験を目指していたものの、データの扱い方が難しく案内地図サインという2次元での実験になってしまい悔しかったです。