1.はじめに
日本の小学校から高等学校に通う生徒は、公共の交通機関や徒歩、自転車等を利用して登校・下校している。そのため、学校では生徒の通学途中に、交通事故や不審者による被害を避けるために安全な通学路を選定する必要がある。ここで、安全な通学路について、文部科学省が要請した文書『登下校時における児童生徒等の安全確保について』(*1)の別紙3では、通学路における危険箇所の点検では次の二つの着眼点を提案している。
- 「見守る目」が十分ではない場所
- 人や車の通りが少ない場所や障害物、路上駐車等により見通しが悪く死角が生じている場所
- 見守り活動等を十分に行うことができない場合は、地域での調整や防犯カメラを設置することで「見守る目」を補完すること
- 「環境整備」が十分ではない場所
- 犯罪者に「地域の関心がない場所」「犯罪を起こしやすい場所」と判断される恐れがあるため、落書きやポイ捨てゴミ、公共物の破損等が放置されている等の環境の景観が乱れている場所
- 歩車道の区別がない場所や歩車道の間にガードレール等が設置されていない場所
よって、通学路の選定ではこれらの着眼点を目安に安全確保を行わなければならない。
*1 https://www.mext.go.jp/a_menu/kenko/anzen/1407174.htm
2.本研究の目的
本研究では、茨城県立日立北高等学校が指定する高校の最寄り駅である十王駅から高校までの通学路の安全性評価とより安全で通学距離の短い経路の探索を行う。茨城県立日立北高等学校の指定通学路を図1に示す。
しかし、実際にこの指定通学路を通学する生徒の中には、曲がり道が多く時間がかかると感じ、街灯が少ない道や歩道が狭く車との距離が近い等の危険を感じていることから、現在の指定通学路が安全性に欠けている可能性があるため、数理的な手法を用いて現在の指定通学路と最適化モデルによって得られた経路の安全性と通学距離の定量的な評価を行う。
提案手法では、最寄り駅から高校までをつなぐ経路をグラフ化し、多目的最適化を用いることで、危険度と通学距離が最小になる経路を求める。危険度は、1章で紹介した危険箇所の着眼点を参考に、グラフの枝ごとの街灯の有無や歩道の安全性を数値化することで、最適化問題で扱えるように設定する。このような安全性と通学距離を同時に考慮する数理モデルは、避けるべき危険な状況を危険度として設定することができ、設計者側の目的に応じたモデル化が可能であるという利点がある。
3.モデル化とプログラムの説明
ここでは問題設定とモデルの解説を行なった後、実際に扱ったプログラムを示す。
3.1 問題設定
本研究では、まず最寄り駅から高校までを繋ぐ各通路を枝とし、交差点を頂点としたグラフ構造を構築する。作成したグラフを図2に示す。
このグラフを用いて駅から高校までを繋ぐ最短で危険度が最小になる経路を探索する問題を考える。
本問題における危険度として、各枝の歩道設備と街灯の有無を考慮する。それぞれの各危険度指標を次に示す。
1.歩道設備
歩道の整備状態によって、図3に示す通り0~4の離散的な数値を割り振っている。数値が高くなるほど、歩道設備においてその枝は危険であることを意味している。
2.街灯の有無
視認性の確保の観点から、各通路について、十分な照度の街灯があるかを2値の危険度(ある: 0、なし: 1)として数値化する。ここで、十分な照度の街灯とは、通路の両端の交差点から双方の交差点を視認できるだけの明るさを確保できている街灯のことを意味する。街灯の有無については各通路を実際に歩いて調べた。
また、各枝の距離(m)はGoogle Earthの距離測定機能を用いて算出している。これより、作成したグラフの枝には(距離、歩道設備、街灯の有無)の情報を持っていることに注意する。
3.2 数理モデル
集合、定数、決定変数は次のように定義する。
集合
グラフの頂点集合𝑉と枝集合𝐸
𝐸𝑜𝑟𝑖𝑔𝑖𝑛: 現在の通学路で通る道の枝集合
𝑉𝑖𝑛(𝑘): 𝑘に向かう頂点の集合
𝑉𝑜𝑢𝑡(𝑘): 𝑘から伸びる頂点の集合
𝑊 = 𝑉 ∖ {𝑠, 𝑑} ただし、𝑠: 始点(駅) 𝑑: 終点(高校)
定数
𝑡𝑖𝑗: 頂点𝑖から頂点𝑗への距離
𝑚𝑖𝑗: 𝑖から𝑗への道の危険度
𝑙𝑖𝑗: 𝑖から𝑗への道に街灯があれば 0、 なければ1
パラメータ
𝛼, 𝛽: それぞれ危険度と移動距離の重み
決定変数
𝑥𝑖𝑗 ∈ {0,1}、 ∀(𝑖, 𝑗) ∈ 𝐸 𝑖から𝑗の枝を通るとき𝑥𝑖𝑗 = 1、それ以外𝑥𝑖𝑗 = 0
本研究では以下の多目的最適化問題を解くことで、最短で危険度の少ない経路を求めた。
目的関数はパラメータを変えることでそれぞれ危険度、移動距離を重視しながら最小化される。これによって、双方を小さくする通学路の道を決定できる。
制約条件の1~3行目では始点(駅)から終点(高校)までを結ぶ通学路として枝を選択するための条件である。1行目、3行目の等式はそれぞれ始点と繋がる枝を必ず1つ選択(通る)ことを要請する。2行目は始点・終点を除く各頂点へ向かう枝の本数と出ていく枝の本数が一致することを示す。始点から伸びる枝は隣接したどこか1つの頂点へ向かい(制約条件1行目)、その頂点からまた1つの枝が隣接した頂点へ向かう(制約条件2行目)。これを繰り返し、最後には終点へたどり着く(制約条件3行目)。いま、目的関数を最小化しているため、閉路を生むことなく通学路として枝分かれしない経路を決定できる。
制約条件の4行目はモデルが生成する通学路における街灯のある道の総距離が、現在の通学路のそれよりも長くなることを示す。
3.3 プログラム
3.2節で設定した最適化問題を数理最適化ソルバーXpressで実装する。
本プログラムは4章で示す形式のデータを「edges.dat」として入力することで実行する。実行結果は、標準出力に加え、図4に示す2変数プロットとなる。
4.データについて
本章では入力データの形式について述べる。
4.1 入力データについて
本節では入力データについて述べる。入力データは枝数×5の二次元配列形式で、各配列には順に①枝元の頂点番号、②枝先の頂点番号、③枝①から②への距離、④街灯の状況、⑤交通量の状況となる。具体的なデータ例を以下に示す。
③街灯の状況は街灯の数を表しており、0から6の数値をとる。しかし、各枝にひとつ以上の街灯があれば十分であることからプログラム内では1以上の値を1へ変換している。④交通量の状況は3.1節で述べたとおりである。
5.計算機実験の結果と考察
本章では危険度と総移動距離のどちらを優先するかで得られた結果と実際の指定通学路との比較を行い、安全性の評価と考察を行う。
5.1 危険度と総移動距離の優先度を変えて得られた経路の結果と考察
本節では、優先度について100パターンを設定して最適化を行い、得られた結果に対する考察を行う。最適化によって、得られた経路は4つであり、図4に示すグラフは、縦軸に総移動距離(m)、横軸に総危険度を表す。
4つの経路について、①の経路では総移動距離が他の経路より長くなっており、総危険度は最も小さくなっていることから総危険度を最小化することを優先した経路になっており、一方で④の経路は①の経路とは反対に総移動距離を最小化することを優先した経路となっている。また、③の経路は、①と④の経路の中間であり②の点よりグラフの原点に近いことから、総移動距離と総危険度の双方を同程度に重視して最小化した経路になっている。表記の簡略化のため、①の経路を「移動距離重視」④の経路を「安全性重視」③の経路を「双方重視」と表記する。
現状の通学路は、総移動距離が1121m、総危険度48、街灯有の道の総距離672mであった。次の表では、現状の通学路と得られた三つの経路の各指標(総移動距離、総危険度、街灯有の道の総距離)の比較結果を示す。
表1より、現状の通学路は、移動距離を重視した場合の経路と一致していることがわかり、安全性重視の経路では、総危険度が最も低くなっていると同時に街灯有の道の総距離も長くなっていることがわかった。双方重視の経路は、街灯有の総距離が現状の通学路よりも比較的長く、総危険度も低くなっていることから、安全で比較的早い通学路であることがわかった。
また、安全性重視と双方重視の経路を現状の通学路と比較した結果を図5に示す。
図5では、指定の通学路では、頂点番号「28→29→48→52→53→57→62→64」を通るが、二つの経路では、頂点番号「28→49→59→63→64」の経路を選択している。また、他の経路では、指定の通学路では、頂点番号「74→77→78→84→90→95」の経路を通るが、安全性重視では、頂点番号「74→88→95」の経理を選択し、双方重視では、頂点番号「74→77→89→90→95」の経路を選択している。歩道設備の危険度と街灯の有無による指標を用いた場合では、現状の通学路である住宅街を通るよりも、他の経路で選択された住宅街の縁を進む経路が安全であることがわかった。
6.おわりに
本研究では、茨城県立日立北高等学校の最寄り駅である十王駅から同高校までを繋ぐ全ての経路をグラフ構造として扱い、各通路に距離(m)、歩道設備の状態の危険度、街灯の有無の情報を調べ、多目的最適化によって、総移動距離と総危険度の優先度を変えて選択される経路の最適化を行った。
本研究の成果と考察を以下に示す。
- 優先度を100パターン変えた結果得られた全経路は、移動距離重視、安全性重視、双方重視の三つの経路に大別でき、現状の指定通学路は移動距離重視と等価だった。
- 得られた4つの経路で図4のグラフから原点に最も近い点が安全で最短な経路であるとすると、双方重視の経路が該当した。
- 現状の指定通学路は、住宅街の中を通る経路を選択していたが、安全で最短な経路である双方重視の経路では、住宅街の縁を通る経路を選択していた。
今後の課題として危険度指標として、離散的な値を設定していたが連続的な値として扱えるような改良や経路(枝)に対する指標だけでなく交差点(頂点)に対する危険指標を取り入れることで、様々な危険指標を考慮した安全で最短な経路の選定を行なっていきたい。
アタッチメント