【2022年度2班】実験に、参加するのかい、しないのかい、どっちなんだい!?

演習/連携
2023-02-10

背景

現在つくば市では社会実装・実証実験を推進している。つくばスーパーサイエンスシティ構想では「研究成果の社会実装とエコシステム」を掲げ、「つくばの研究機関(約150機関)から生み出される研究成果を、​実証実験を経て社会実装​」するとしている。また、つくばSociety5.0社会実装トライアル支援事業では「つくば市では、国が提唱する「Society 5.0」という未来社会の実現に向けたトライアル(=実証実験)を全国の企業や研究機関、教育機関等から公募し、優れた提案を全面的にサポートする​」としており、社会実装のための実証実験を進める方針が示されている。

一方で、つくば市内には多数の研究機関が存在するものの、令和4年度つくば市民意識調査では「あなたは、つくば市は科学のまちならではの先端的な製品・サービスが、いち早く暮らしの中に活かされているとおもいますか。」との質問に「そう思わない」と回答した人が29.9%、「どちらかといえばそう思わない」と回答した人が27.7%を占め、両者を合わせると全体の半数以上を占めることが分かった。

こうした事態につくば市は「つくば市科学技術・イノベーション振興指針(第3期)」の中で「科学技術のまちを感じる機会を創出する」ことを掲げており、重点施策として「実証実験のモニター、協力者のマッチング」「シチズンサイエンス(科学技術への市民参加)の推進」が打ち出されている。

こうした背景から、「研究成果の社会実装」と「市民の科学への参加」の二つの観点からつくば市にとって社会実装を目指した「実証実験」は重要ではないかと考えた。

しかし実際に実証実験参加者(被験者)を集める際には様々な障壁があることが分かった。被験者募集代行を行っている株式会社RTCにヒアリング調査を行ったところ、実験参加者募集には大きなコストや時間がかかり、どの研究も実験参加者募集について潤沢な予算があるとは限らないことが分かった。しかし学生は他の属性に比べて集まりやすい傾向にある。その集まりやすさから、学生に対象を絞って募集を行う実験も多く、より多くの学生に研究に協力してもらうことが重要であると判明した。

目的

こうした先述の背景から、できるだけ現状からコストが増加しない方法で、より多くの学生が実験参加者となるよう促す手法を探ることを目的とした。

前述の目的から、「ナッジ」の活用が最も適しているのではないかと判断した。リチャード・セイラ―、キャス・サンスティーンの「実践行動経済学」によれば、ナッジとは「選択を禁じることも、経済的なインセンティブを大きく変えることもなく、人々の行動を予測可能な形で変える選択アーキテクチャーのあらゆる要素」である。レジに並ぶ際の足跡の絵やトイレなどで見られる「いつもきれいにお使いいただきありがとうございます」といったメッセージがこれに該当する、「人々に強制させない」「小さなコストで行動変容を促せる」点がメリットとして挙げられる。

本研究では、以下の三つ

柴田 浩久(2020)「行動経済学のナッジが消毒・手洗い行動に変容を及ぼす効果の検証について」

高橋鴻太(2021)「ナッジによる消毒率向上の検証」

佐々木 周作,齋藤 智也,大竹 文雄(2021)「ワクチン接種の後押し:自律的な意思決定を阻害しないナッジ・メッセージを目指して」

の先行研究を参考に、ランダム化比較実験によってどのようなナッジ・メッセージが有効であるかを調査した。その結果、本研究ではナッジメッセージとして①「社会比較(同調圧力をかけるメッセージ、「他人もやっている」など)」、②「社会的利得(他人や社会にメリットがあることを示す)」、③「社会的損失(他人や社会にデメリットがあることを示す)」の3種類を用いることとした。

研究方法

データ収集

まず、プレ調査にて実験参加者の「意欲変容」について重点的に調査した。
その後、本調査においてプレ調査でははかることのできなかった「行動変容」について独自の実験を設置することによって調査した。

意欲変容調査(プレ調査)の概要

【アンケート概要】
目的:筑波大学生の実験参加の意欲変容の調査
対象:筑波大学生 推定合計4,265人 うち有効回答308件
期間:2022年 11/3(木)~11/10(木)
方法:Googleフォーム上
   各学年・学類のグループLINEにて配布
内容:①属性の確認
   ②ポスターの提示
   ③実験参加意思の確認

①属性の確認
・文系/理系・学年・性別・実家から大学に通っているか・つくば市出身か・これまでに被験者となった回数・学籍番号下二桁を確認した。

②ポスターの提示
 前述の3種のナッジメッセージに何もほどこさない「統制群」加えて4つのメッセージでそれぞれポスターを作成した。それぞれのメッセージおよびポスターは以下の図1のとおりである。
 学籍番号下二桁を4つに4分割し、4つの異なるメッセージを提示する群に割り当てることでランダムサンプリングを行っている。

図1 各ナッジメッセージ及び各ポスター

③ ②のポスターを見て、実際に実験に参加したいかどうか、という意思を確認した。

行動変容調査(本調査)の概要

【アンケート概要】
目的:筑波大学生の実験参加の行動変容の調査
対象:筑波大学生 推定合計約6,878人 うち有効回答245件
期間:2022年 11/28(月)~12/15(木)
方法:Googleフォーム上
   各学年・学類・部活・サークルのグループLINE及びチラシにて配布
内容:アンケートの流れは以下の通りである。
    ①属性の確認
    ②実験参加募集要項を提示
    ③実験に参加するか 「はい」→④へ 
    ④独自の実験への参加

①属性の確認
性別・文理・学年・学籍番号下二桁・つくば市在住かどうか・つくば市内、及び全体の実験参加経験・研究をする側の経験回数・(つくば市内で実験参加経験がある場合)「科学のまち」の恩恵を強く感じるようになったか、科学についての理解・知見・親近感が深まったか)といった属性を確認した。学籍番号下二桁は意欲変容調査の時と同様、ランダムな群分けのために設置した質問項目である。

②実験参加募集要項の提示
実験参加募集要項には、意向変容調査と同様のナッジ・メッセージを使った。今回ポスターを使わず募集要項に変更したのは、意欲変容調査時のアンケートと同様のものと誤解され、回答を中断されてしまうことを防ぐためである。

図2 募集要項

③ ②を受けて、実験に参加するかどうかを確認した。「はい」と回答した場合でも「いいえ」と回答した場合でも、それを選択した理由を合わせて確認した。理由の回答後、「はい」と回答した人は④の実験へ移り、「いいえ」と回答した人はアンケート終了となる。

④独自の実験の設置
 実験参加の行動変容を調査する上で、実際の実験に参加することで変容を探る必要があった。実際の研究室での実験はその実験内容によるバイアスを含む可能性などが考えられたため、我々は独自で実験を作成し、アンケートで実験に参加する意思を示した場合に、連続して実験に移るよう設定した。
 実験の策定の際には
(1)得られる結果が実験の分野に左右されないよう、ニュートラルな内容にする
(2)空間的・時間的制約を受けない(いつでも、どこでも実験に参加できる)
(3)実験参加に対する心理的な負担感を持たせ、実際の意欲→行動のプロセスに近づける
以上3つの条件を考慮した。

 独自の実験の内容
 ・回答時間約5分
 ・計11問のクイズ(選択式、時間制限なし)
 ・専門的な事前知識必要なし
 問題例は以下の図2の通りである。

図3 問題例

分析

意欲変容調査(プレ調査)の分析

図4 各群の実験参加希望率

上のグラフは、各群の実験参加希望率(「被験者として参加したいか」という問いに「はい」と回答した人数の割合)で、提示されたポスターのメッセージの違いによって、実験参加への意欲にどれだけ変容があるかを統制群との比較によって示すものである。図4の通り社会的損失メッセージ、次いで社会的利得メッセージを受け取った群が、実験への参加に意欲を示すことが、今回の調査から分かった。

図5 男女別・実験参加希望率
図6 文理別・参加希望率

上のグラフは、各群の実験参加希望率を女性と男性、文系と理系で比較したものである。これらの結果・グラフから、女性・文系にはナッジ・メッセージの影響が顕著に見られるのに対し、男性・理系にはナッジ・メッセージの影響が強く顕れないことが明らかとなった。特に女性・文系においては、各群全体の実験参加希望率と同様、社会的損失メッセージの影響が強く見られる。

図7 実験参加経験の有無別・実験参加希望率

図7のグラフは、各群の実験参加希望率を被験者経験の有無で比較したものである。図7の通り、被験者経験のない人には社会的損失メッセージが有効に働いていることが分かる一方で、被験者経験がある人にはナッジ・メッセージそのものの効果が見られない結果となった。

行動変容調査(本調査)の分析

図8 各群の実験参加率

実験参加希望度の5段階で評価4,5を選んだ上で、実験に参加するという選択をした人を実験参加者として集計した結果が、上のグラフになる。行動変容調査においても実験参加を促すメッセージとして社会的損失メッセージが最も大きな影響を与えていることがわかった。

図9 男女別・実験参加率
図10 文理別・実験参加率

男女・文理で分けた場合においても社会的損失メッセージは常に影響を与え続けていることがわかり、これは実験参加者の対象を絞る場合においても、同様に実験参加者を募集するメッセージとして社会的損失メッセージが有効であるということを示している。

図11 つくば市在住/非在住別・実験参加率

図11は、被験者をつくば市在住かどうかで分けた、メッセージの効果である。こちらも社会的損失メッセージに関しては、つくば市在住かどうかに関わらず影響していることがわかり、また、全体的な参加率はつくば市在住の人の方が高くなっており、つくば市民の科学に対する関心の高さが窺える結果となった。

以上のように様々な属性においても、社会的損失メッセージが有用であるということがわかる。

図12 科学に対する理解や知見、親近感が深まったか

図12は、実験参加経験があると回答した人を対象に、アンケートの中で実施した『実験参加経験を通して、科学に対する理解、知見や親近感が深まったと感じるようになりましたか』という質問に対する回答結果である。どちらかというとそう思う、そう思うと答えた人が合計で、約58%になった。

図13 「科学のまち」であることの恩恵をより強く感じるようになったか

図13は同様に実験参加経験のあると回答した人を対象に、今度はつくば市の市民意識調査の中で使われていた言葉を借りて、「実験参加経験を通してつくばが科学の街であることの恩恵をより強く感じるようになりましたか」という質問をした際の回答結果である。どちらかというとそう思う、そう思うと答えた人が合計で53%となり、実験参加が科学のまちの恩恵を感じる要因の一つになっていることがわかる。

結果

以上の分析を通して分かった重要な事項としては、

  1. 実験への参加意欲を高めるメッセージとして、社会的損失メッセージが最も有効
  2. 実験への参加率を高めるメッセージとしても同様に社会的損失メッセージが有効
  3. 実験参加によって「科学への理解、知識、親近感」を深められる
  4. 実験参加によって「つくばが科学のまちであることの恩恵」を感じられるようになる

という4つである。

提言

以上の結果から、我々2班は事象実験の実験参加者を募集する際、実験実証期間は、募集要項に実験参加を行わないことで他人や社会にデメリットがあることを示唆するメッセージを添えることを提案する。メッセージを添えるだけであるため参加者の募集にさらなるコストをかけずに参加者数の増加が期待できる。

また、今回の調査で実験参加によって科学に対する理解、知見や親近感が深まり、科学の街であることの恩恵をより強く感じるようになることが分かったため、こうしたメリットをメッセージとして伝えることで、同様に実験参加者数の増加の可能性がある。

この手法は大学などの研究機関が実験を行う際のみでなく、実証実験をつくば市が支援する際も、実験参加・協力を促す有効な手法になると考えられる。

しかし、社会的損失につながることを示唆するメッセージは、受け手に自身が加害者であるかのような否定的印象を与えてしまう場合があるため、市役所などの公的機関からメッセージを発表する場合には、ゆるキャラなどを通してメッセージを伝え、そうした否定的印象を和らげる工夫をすることでメッセージをより効果的に活用できると考えられる。

レファレンス

八木 匡, 瓜生原 葉子 行動変容のメカニズムと政策的含意 最終閲覧日:2022/11/12

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbef/12/0/12_26/_article/-char/ja​

2021年度 北海学園大学経済学部 卒業研究論文要旨集 最終閲覧日:2022/11/12

https://econ.hgu.jp/publication/docs/seminar-abstracts-2021.pdf​

久宗 周二、 暈史音 ナッジメッセージを用いた感染予防行動促進の研究 最終閲覧日:2022/11/12

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jje/58/Supplement/58_1G2-04/_pdf/-char/ja​

茨城県つくばナッジ勉強会事務局来庁者の手指消毒率の向上 最終閲覧日:2022/11/12

https://www.city.tsukuba.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/012/547/HANDSANITIZERnudge202006.pdf​

独立行政法人経済産業研究所 EBPMを日本に根付かせるナッジ活用のすすめ 最終閲覧日:2022/11/12-

https://www.rieti.go.jp/jp/special/af/081.html​

有限会社ブルフィ 異なるサンプル間の有意差検定(1) 最終閲覧日:2022/11/12

https://blufi.co.jp/archives/24336111.html​

日本版ナッジ・ユニットベスト 「ナッジとは?」 最終閲覧日:2022/11/13

https://www.env.go.jp/earth/ondanka/nudge/nudge_is.pdf​

著者:リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン 訳:遠藤真美 実践行動経済学(2009) 発行所:日経BP社 

つくば市,「科学技術・イノベーション振興指針(第3期)本編」, pp15-23, 最終閲覧日:2022/12/12

 つくば市科学技術イノベーション振興指針3)|つくば市公式ウェブサイト (tsukuba.lg.jp)

大竹 文雄 ・坂田 桐子・松尾 佑太  豪雨災害時の早期避難促進ナッジ(行動経済学 第13巻(202071-93

行動経済学 第 13 巻 (2020) 71-93 (jst.go.jp)

謝辞

本演習に際し、以下の方々にヒアリング調査にご協力頂きました。この場を借りて御礼申し上げます。

つくば市政策イノベーション部科学技術振興課 前島 吉亮 様、久保 様、西田 様

つくば市統計データ室            広瀬様

株式会社RTC                寺田 慎吾 様